第4話 -噂の真相-
神戸千賀子は、玖波駅で上井が列車から降り、次の大竹駅に向かって列車が動き出した後、村山に話しかけた。
「村山君…」
「え?おわっ!神戸さん?ビックリした~。なに、同じ車両に乗ってたん?まさかまさか、もしかして、俺と上井の話、聞いてた?」
「う、うん。途中からだけど」
「どの辺から聞いてたの?」
「上井君が、アタシとは住む世界が違うとか言ってた辺り」
「あー、あの辺の話からかぁ。そうなんじゃ。じゃ、宮島口のホームで、既に俺らに気付かれんように、背後におったんじゃね」
「うん」
「アイツ、こう言っちゃ悪いけど、精神的になんか乱れとるんよ。話しててもネガティブだし、かと思えば…これは黙っといてね、アイツ、伊野さんのことを好きになろうとしてるんよ」
「サオちゃんを?」
「で、たまーに2人で喋ってるのを見ると、まあまあいい感じではあるんだけど、上井が伊野さんと付き合おうとしとる理由が、大村と神戸さんの2人を見返してやるためだとか言ってるし」
「アタシと大村君を、見返す…かぁ…」
「そんな考えで彼女を作ろうとしても、上手くいかんって思っとるんじゃけどね」
「でも上井君は、クラスとか部活とか、表では明るく振る舞ってるけど、村山君に見せる本音はあんなにネガティブで傷が深いんだね…。全部アタシのせいだよね」
「まあ、それも否定できない、かな。でも前にも言ったけどさ、もう船は進みだしたんじゃけぇ、神戸さんは誰にも気にせず大村と付き合えばええんよ。俺は俺で、上井が伊野さんを、変な意味じゃなくて本当に好きになって付き合いたいって思うようになったら、上井を応援して、何とかネガティブループから脱出させるようにするし、神戸さんとの関係も改善させたいと思うし」
列車はそのうち、2人が利用する大竹駅へ到着した。2人は話しながら降りた。
「アタシは大村君と付き合っちゃったけど、本音では…前にも言ったよね、上井君のことが忘れられないの。2人の話だと、アタシの小学校時代の彼が、上井君が何人束になっても敵わないとか、大村君は上井君より何もかも上回ってるとか、凄い自分を卑下しちゃってたけど、アタシは小学校時代の彼が100人束になっても、上井君には敵わないって思うし。第一、そんな子供みたいな頃の恋愛と去年のことを比較しても…」
「だよなぁ…。しかし現実は上手くいかないよね」
2人は今日は、一緒に歩きながら改札へと向かっていた。
改札には、村山の彼女、船木典子がいた。
「村山くーん。こっちこっち。あっ、神戸ちゃんも一緒なんだ?久しぶり~」
「あっ、船木ちゃん!久しぶりだねー!」
女子2人が久しぶりに会うと、話が止まらない。村山は置いてけぼりだ。だが船木の発した次の言葉で会話が止まった
「そうそう、上井君とは順調?もう1年くらい経つでしょ?同じ高校に行ってるし」
「えっ…それは…」
神戸は村山を、救いを求めるように見た。村山は船木に告白されて付き合い始めた時点で、上井と神戸は別れていたから、その件については全く船木には話していなかった。
村山は目で、素直に言え、と伝えてきた。
「あっ、あのね…。別れたの」
「えっ?ホンマに?あんなお似合いな2人だったのに。村山くーん、そういう情報はちゃんと教えてよー」
「えっ、俺が悪い?いや、あの、上井と神戸さんが別れたのは、結構前なんよ。中3の3学期に入ってすぐくらいだったから、だから船木さんも知っとると思ってて…」
「えーっ、そうなん?だってさ、アタシ副部長やってて、話し合いとかあったら上井君の横におったじゃん。というか、おったのよ。その時に上井君のことを見る神戸ちゃんの顔が、祈るような顔だったのが印象的でさ。無事に終わりますようにって顔で…。それだけ上井君のことが好きなんだなぁって、思ったんよね」
「…そうよね。アタシ、去年の今頃は上井君に夢中で、毎日楽しかったんだよね…」
「でも別れちゃったんでしょ?本当に残念…。原因は何?上井君が浮気したとか?いやでも彼はそんなこと出来そうな性格じゃないしなぁ。まさか神戸ちゃんが浮気したとか?」
「そうかも…浮気…になるのかな…」
「えっ?神戸ちゃんが?冗談で言ったのに」
神戸は、上井をフッて中3のバレンタインで真崎に乗り換えたこと、そして真崎とはGW後に別れ、今は大村と付き合ってる事を、淡々と船木に話した。
「そうなんだ…。神戸ちゃんには悪いけど、上井君、ちょっと可哀想かも。上井君には彼女とかおるん?というか上井君とは話せてる?」
「ううん、彼女はいない…はず。会話は…話すどころか、目も合わせてくれないから」
「そうなの?それって上井君が相当根に持ってるってことだよね。逆に言えば、すごい意識してる…。難しいね。別々の高校ならともかく、同じ高校で同じ部活なんでしょ?」
「更に付け加えると、同じクラスなんだよ、上井と神戸さんは」
村山が補足した。
「それって凄い確率じゃない?中学卒業直前に別れたカップルが、同じ高校に進学して同じ部活に入って同じクラスになる。ドラマみたいな展開だよ?」
「そうでしょ。アタシも最初はなんでこんな事態に?って思ったけど、逆に今は神様がチャンスを与えてくれたと思ってるんだ。だから本当は仲直りしたいんだけど、アタシが彼にしてきたことを考えると…、無理なのかな…」
「そっかぁ。アタシが副部長として仕えた上井部長だから、何とかしてあげたいな。ねっ、村山君!」
ちょっと暗くなった雰囲気を明るくしようと、船木は村山に声を掛けた。
「そ、そうだね」
「ねぇ、上井君には彼女はいなくても、せめて好きな女の子とか、いるの?それとも神戸ちゃんを恨むのに熱心で、好きな子はいないの?」
「まあ、1人おるよ。あ、船木さんも俺らと同じクラスだったから分かるよね、伊野沙織」
「サオちゃん?へー、上井君がサオちゃんを?何でだろう?」
「伊野さん、高校で吹奏楽部に入ったんよ。それで話すキッカケが出来たんじゃろうね」
「サオちゃん、高校で吹奏楽始めたんだー。楽器は?」
「クラリネット」
「へぇー。テニスは止めたんだね」
「うん。だからアタシが吹奏楽どう?って誘ったの」
「そうなんだ。でもサオちゃんには似合ってるかもしれないね」
「面白いのが、神戸さんの彼氏の大村って奴は、上井が吹奏楽部に引っ張り込んだんよ」
村山がネタを挟んできた。
「へぇ。その大村って人は、中学の時、吹奏楽じゃなかったの?」
「中学の時は陸上部だったんだよ」
神戸が照れ気味に答えた。
「なーんかそれもドラマみたいな展開だね。上井君が誘った元陸上部の彼が上井君の元カノと付き合って、神戸ちゃんが誘った元テニス部のサオちゃんが神戸ちゃんの元カレと付き合う…。脚本1本書けそうね!」
何故か船木さんはノリノリになっていた。
「あの、まだ上井と伊野さんは付き合っとらんけぇ…。上井の片思い状態じゃけぇ、焦らんとって」
村山はノリノリな船木さんを、ちょっと苦笑いしながら制止した。
「そうだったね。でも村山君、なんとか地の底にいる上井君を地上に引っ張り上げてよ。アタシも去年、副部長として縁があるから、他人事と思えないし」
村山はピンと来た。上井が頑なに否定する、後輩女子からモテていたという噂を、船木は知っているんじゃないか?
「そうじゃ船木さん、去年の上井のことなんじゃけどさ」
「ん?去年の上井君?どうかしたの?」
「俺、ある筋から聞いたんじゃけど、上井って吹奏楽部の後輩の女の子から、モテとったって噂を聞いたんよ。それってホンマ?」
神戸も、船木は別ルートでその噂を知ってて証明してくれるかもしれないと思い、思わず耳をそばだてた。
「えー?そうじゃねぇ…。アタシが知っとるのは、同じ打楽器だった2年の女の子が上井君のことを好きだったよ。えっと森本恵子ちゃんだったかな…。控え目な女の子じゃったけぇ、上井君のことは陰から見守る?みたいな」
「その子1人だけ?」
「少なくとも、アタシが知っとるのは、だよ。でも3年生って、文化祭の次の日に、後輩が作る引退アーチを潜って音楽室から出て行くんじゃけど、上井君は後輩1人1人に声を掛けてアドバイスしてたから、時間が掛かってた。感激してた女の子もいたみたいだから、それでモテてたって噂になったんじゃないかな?」
「そうなんじゃね。なんか結構具体的に聞けたから、少なくとも1人の後輩の女の子からはモテてたのが分かったよ」
「そのことで、上井君が何か言ってたの?」
「いや、そういう噂を聞いたから自信出せよって励ましたんよ。そしたらそんなのは幻だって言い張ってさ」
「んもう、本当に心が地底に沈んどるね。森本恵子ちゃんの住所か電話が分かれば、アタシが連絡して、上井君のこと好きだったよね?って聞いて上げられるんじゃけど、もう去年の吹奏楽部の名簿なんてどこに行ったやら?」
神戸はそのやり取りを見て、森本恵子ちゃんはやっぱり本当だったと思い直した。そしてアタシはあと2人知ってる…と喉まで出かかったが、止めておいた。
「ごめん、神戸ちゃんには耳が痛い話とか多かったかな?」
「ううん、大丈夫よ」
「じゃ、村山君、行こうか」
「そうじゃね。ごめん、神戸さん、これからちょっと夕飯食べに行くことにしとってさ…」
「ああ、そんなの、カップルなら当たり前じゃない。行ってらっしゃい。アタシは1人で帰るから」
「ごめんね、神戸ちゃん。また会ったら話そうね。上井君のことはアタシ達に任せて、気にせず今の彼、えーっと、村田?田村?君と付き合ってね」
「う、うん。ありがと」
村山と船木は何やら話し合いながら、帰って行った。
神戸は不思議な気持ちになっていた。
(…でもアタシは、やっぱり上井君のことが忘れられない。お似合いだったのかな。やっぱり上井君をフッたりしなきゃ良かったのに…。いつか仲直りしたい。だけど今は、大村君と上手く付き合わなくちゃ…)
神戸も自宅へと向かいながら、涙が一筋、頬を伝った。
<次回へ続く>
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます