第8話 -過去の傷-
その日の部活は、前半は須藤先輩の執拗な詰問に必死に抵抗し、後半は前田先輩に癒やしてもらったような部活になった。
前田先輩が来てくれなかったら、まだ須藤先輩の追及は続いたのかもしれない…。
その前田先輩とのやり取りの中で、須藤君と何を話してたの?と聞かれたので、俺は前田先輩には申し訳ないと思いつつ、俺の過去の話です、と答えた。
「過去の話って、アタシに教えてくれた、例の話?」
「いえ。あんな深い話が出来る先輩は…前田先輩だけですよ。須藤先輩になんて、話せないですよ」
「ホンマ?なんか嬉しいよ、そんな風にアタシを頼って見てくれて。でも例の話とは違う、上井君の昔話って、何?」
「あの…初恋はいつだ?とか、昔彼女はいたか、いなかったか、そんなガキみたいなレベルの話です」
俺は前田先輩に嘘を付く形になってしまったのが、申し訳なかった。だが野口さんと彼氏代理、彼女代理という形態でいることも説明が複雑なので、これだけは仕方ないと思い、心の中で謝罪した。
「須藤君と昔の恋の話かぁ…」
その時、前田先輩がボソッと呟いたのが、「須藤君は苦手だな…」という一言だった。
1つ上の先輩方は、なんかあまり横の繋がりがないのかな…。
それぞれは優しくて楽しくて、前田先輩みたいに綺麗なお姉さんタイプもいれば、トランペットの高橋先輩のように、年上なのに年下みたいな甘えん坊タイプもいる。ちなみに沖村先輩は姉御肌的な側面があり、何かあった時はサックスのメンバーを守るよという意気込みを感じている。
だが俺が入部してから今まで吹奏楽部内の人間観察をしてきた結果、2年生の先輩方は、まず男女の壁がある。
そして経験者か初心者か、という区別がある。
パートを超えて仲良しというのは、女子の先輩にはあまりいなくて、少ない男子の先輩方くらいだ。
この先のコンクールとか、どうなるんだろうな…。
この日のミーティングでは、野球部の試合の日の応援日程が先生から発表されたが、出席している部員が少ないため、周知徹底するように念押しされた。
「みんなもクラスマッチ、疲れたじゃろ。今日は早く帰って寝てくれや」
福崎先生が珍しいことを仰られたので、ちょっと部内がザワついた。
俺の同期、1年生も、今日は部活が休みだと思ってるのか?というほど参加率が低かった。
野口さんも来ていなかったので、須藤先輩に対して俺が独断で話した内容を合わせる為の打ち合わせは、明日以降になってしまうが、大丈夫だろうか…。
とりあえず早めの解散となったが、あまり1年生は来ていないと言いつつも、今日は、珍しいと言っては失礼だが、松下弓子は出席していた。
高校野球の応援では打楽器は目立つので、打楽器パートで話し合いでもあったのかもしれない。
「上井君、アタシとたまに一緒に帰る?珍しい組み合わせだけど」
松下から声を掛けてくれた。
「おー、松下さん、お疲れ様。打楽器は全員揃ってたね」
「野球部の応援って、とにかくコンクールよりも大変って聞いたからさ、練習しなきゃってなってね」
「そうなんじゃね。俺も高校野球の応援は初めてじゃけぇ、実はちょっとワクワクしとるよ」
「そうなん?でもウチの高校、チアガールはいないわよ?」
「それは、俺が別の目的で野球部の応援を楽しみにしてるみたいじゃんか」
「違ったっけ〜?」
「コラコラ、同級生を変態扱いしないように!」
「アタシらはミニスカートでハイキックとかせんよ?」
「まだ言うか!」
と言いつつも、松下さんと1vs1で話すのは本当に珍しく、楽しい。中学まで遡っても、2人で会話したこととかあったっけ?
「でもさ、ウチの高校のブルマの色はちょっと嫌だよね~」
俺はドキッとした。前田先輩に指摘されたこともあるが、俺はブルマという単語には過敏に反応してしまう。男子としては見ている分には喜ばしい体操服だが、女子にしてみたらたまったもんじゃないだろうし。でも何故突然ブルマの話が?チアガールからの続きか?
「あ、いっ、色なら男子の短パンも同じじゃん」
「男子の短パンと女子のブルマを一緒にしないでよ。アタシ、ずーっと小学校、中学校で使ってきたブルマが使えなくなっちゃって、勿体ないったらありゃしない」
「あ、そういう話ね」
ちょっと俺は落ち着いた。本当に、「色」だけの話のようだ。
「普通、黒とか紺色でしょ?あのエンジ色のブルマ姿で街を歩いたら、バレーボールの日本代表ですか?って言われるわよ」
「そんなことはないと思うけど」
「アタシ、中学の時バスケ部だったから、沢山ブルマがあるのよね。上井君に妹でもいたらあげるんだけど…」
「妹は残念ながらいないねぇ」
結構大胆なことを喋るんだな…。
「妹がいる家庭なら、村山家とか神戸家に上げたら?」
「あっ、そうね。その両家には妹ちゃんがいたわね。今度マジで聞いてみようっと」
神戸家はともかく、村山家の妹ちゃんは確か今年で小4のはずだから、半分冗談で言ったが、案外本当に欲しがるかもしれない…。
「でも上井君から、神戸家って単語が出てきて、アタシ、ホッとしたわ」
「え?そんな大袈裟なことかな?」
「だって上井君、チカちゃんに沢山傷付けられて、今はトドメを刺された状態でしょ?」
「トドメって…大村のこと?」
「当たり!」
「はいそこ、そんな嬉しそうに言わない!」
「アハハ、ごめんね。でも普段は上井君、チカちゃんのことは無視してるんでしょ?」
「まあ…ね。二度と喋らないって決意してから半年経って、今は永遠に喋らないにグレードアップしとるよ」
「二度と…も、永遠…も、同じような気はするけど」
「はいそこ、揚げ足を取らない!とにかく話さないし、眼中に入れないようにしてるから」
「それって、意識してることの裏返しだよね?」
「うっ…」
初めてヒットを打たれたピッチャーのような感覚になった。流石に中学から一緒なだけあって、松下は要所を突いてくるのが上手い。
「…それは否定できないよ。今は、アッチの方が何をやっても上手く行くし、彼氏だって途切れないモテモテだし。逆に俺はフラれた後にも二重、三重に傷付けられて、その度に落ち込んで…這い上がろうにも上がれない、どうすればいいんだ?って迷走している状態だよ」
俺は村山にも、野口さんにも吐露したことのない本音を、松下さんに零した。
「もし…チカちゃんと上井君が別々の高校に進学してたら、どうなっただろうね?」
「もしそうなってたら、俺はあの人を憎んだまま、高校生活を送ってただろうね」
「それがさ、奇跡的にも同じ高校で、同じ部活で、同じクラスじゃない?」
「だから天の神に見離されたと…」
「違うよ。天の神は、仲直りしろって言ってるんだよ」
「へぇっ?」
俺が中3の時からの体験を話した同期で、そんなことを言う同期はいなかった。もっとも、神戸千賀子のお母さんからは、入学式の日に似たようなことを言われてはいるが…。
「せっかく同じ中学から一緒に進学して、奇跡的に同じクラスになったんじゃけぇ、今は無理でも、いつかは仲直りしてほしいな…」
俺が神戸千賀子と仲直りに動く時は…訪れるのか?
「ありがとうね、松下さん。そんなに俺の事、考えてくれて。今すぐは無理だけど、傷が癒えたら…」
「早く傷が治ればいいね」
とにかく俺は、今抱えている心の傷が治らないと、前へは進めない。一番治療に効くのは、片思い中の伊野沙織さんと付き合えることなのだが…。
<次回へ続く>
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