第6話 -神戸side-
今日も大村君は宮島口駅まで私を送ってくれた。
彼の情熱に押されっぱなしで、変な意味でまだカップルっていう意識が持てない…。
昼休みも教室ではなく、空いている視聴覚室で2人で弁当を食べようと言われて、4時間目が終わったら抜け出すようになったけど、これっていいのかな?
それに大村君は、明日から朝にも宮島口へ私を迎えに来ると言い出した。
勿論、断ろうとは思わないけど、私にばかりそんなにくっ付いてて、クラスや吹奏楽部の他の男の子とは仲良く出来てるのかな?
特に朝なんて、朝練に出るために上井君が同じ列車に乗ってるのに、私のことを見付けたら、時間をずらして登校してるのを、私は知っている。
そこへ大村君が現れたら、私1人でさえ距離を置かれているのに、更に上井君との距離が遠くなってしまう。
私のことを好きになってくれるのは嬉しいけど、もうちょっと、周りの状況とか考えてくれないかな…。
特に上井君のことは、付き合い始めの頃に一番説明したのに…。
「ただいま」
「あ、千賀子、お帰りなさい。どうしたの?疲れてるみたいだね」
「あっ、うん…。お母さんには後で話すね。先にお風呂入って良い?」
「そうだね。久美子と健太が待ってるから」
私は着替えのパジャマと下着を持って、お風呂に入った。
体を洗いながら、ふと手を眺めた。
(大村君としょっちゅう繋ぐことになるのかな、この手…)
大村君は高校からの帰り道、手を繋ぎたいと何度も言ってくるのだが、他の人の目があるから、と私は断っている。
でもあの熱意にいつまで対抗出来るか、分からない。
これまで、私には3人の彼氏がいた。
1人目は小学校の時。何故か私のことを好きだと言ってくれたN君と付き合ってみたけど、本を何冊か貸し借りしただけで、付き合うことが何なのかよく分からないまま、N君は卒業後、広島市内の中高一貫校へ行ってしまい、自然消滅してしまった。
2人目が上井君。上井君が私のことを好きかもというのは、クラスや部活での態度で分かった。照れ屋の彼が告白してくるとは思えずにいたけど、中3の林間学校で、スニーカーが川に流された弓ちゃんにスニーカーを貸してあげて、自分は裸足で一日過ごしたり、7人の班を上手くまとめて引っ張るリーダーシップを見て、私も彼のことを好きになったんだ。だから強引な方法で告白させちゃったけど…。付き合い始めたら、却って上井君とは話せなくなっちゃって…。上手く私が照れ屋な彼をリードしてあげれば良かったのに、男子が女子をリードしなくてどうするの?というイライラが募ってた所に、誕生日プレゼントと一緒に入ってた手紙に、アタシが匙を投げた。
3人目が真崎君。でも本当に真崎君のことが好きだったのかどうか、私は分からない。上井君から逃げる先として、その時同じ班だった真崎君を、ちょっと強面なイメージも理由にしてスケープゴートにしただけで、上井君じゃなきゃ誰でも良かったのかもしれない。
ただこの3人の中で、一番手を繋いだり、腕を組んだりしてイチャイチャしたのは真崎君。
今思えば何でそんなことしたんだろう…って思うけど、卒業式の後、上井君が同じクラスの男の子と話してる所を見付けて、ワザと上井君の視界に入るようにしてイチャイチャして、写真撮って~って同じクラスの…誰だったかもう忘れたけど、とにかく頼んで。
その時の凄く悲しげな、だけど怨嗟の籠もった上井君の顔が、今も忘れられない。私は上井君のことを、あの手この手で何度も何度も傷付けたんだな…。
そして今は4人目の大村君。
今度こそ、上手くいくのかな。でも上井君が身近にいる限り、どうしたって私は上井君を意識してしまう。別々の高校に進めば良かったな…。でも同じ高校になったのは仕方ないとしても、なんで同じクラスに…?
きっと、意味のあることだよね、絶対に…。
「お風呂、上がったよ」
私が下着とパジャマを着てそう言ったら、久美子が、アタシ入るー!健太は後!と言って、お風呂場へと走り込んでいったわ。
「はい、お夕飯。ゆっくり食べながら、気が向いたらお母さんに何があったのか、教えて」
「うん…。頂きます」
私はどうして
でも同期の男の子の話をした時、上井君は中学の時、後輩の女の子からモテてたって言うのは、間違いじゃないよ。
上井君は知らないはずだけど、私、少なくとも上井君のことを好きだった後輩の女の子を3人は知ってるもの。
フルートの横田美紀ちゃん、クラの藤田真美ちゃん、打楽器の森本恵子ちゃん…。もしかしたら他にもいる可能性はあるわ、私が知らないだけで。
とにかく上井君は、途中入部のハンディを克服しようと、物凄く熱心に練習してた。
その反面、男子の後輩と遊んでる時はメッチャ楽しそうだったし。女子の後輩に接する時は、必ずその子の性格に合わせて、気持ちが前向きになる言葉を選んでた。
女の子なら、あのオンとオフのギャップを見たら、絶対に惹かれるよ。
そして部長としてたまに見せた厳しい態度。部内の空気が緩んでると感じたら、前の先輩みたいに体罰的なマラソンとかさせるんじゃなくて、コツコツとみんなに日ごろの練習の大切さを説いてた。だから同期の女子で上井君を途中入部のくせに…って、よく言わないグループがいたのも仕方ないかもしれない。
でも私から言わせたら、しょっちゅうサボって遊んでる貴女達はどうなの?って言いたかった。
考えれば考えるほど、私は素敵な男の子に対して酷い傷を沢山付けて見捨ててしまったような気がしてならない。
でも私は大村君を選んだ。上井君に対する贖罪の気持ちは失わないように大切に心に仕舞って、今は大村君と上手く付き合わなくちゃいけないんだ。
「千賀子、少しは落ち着いた?」
母が声を掛けてくれた。
「うん、大丈夫よ」
私はちょっとだけ嘘を付いた。
「お母さんの推測だけど、千賀子はまた男の子の関係で悩んでるんじゃない?」
「えっ?なんで分かるの?」
「伊達に貴女の母を16年してないわよ。今の貴女の顔は…。中学で一緒だった上井君と、新しく貴女に告白してきた男の子の間で悩んでる顔」
「……」
「どう?違った?」
「…当たり。でもね、アタシの中で結論は出てるの」
「そうなの?じゃあ、もっと明るい表情にならなくっちゃ、ダメじゃない?」
「うん…新しく告白してくれた男の子と付き合うことにしたんだけど…」
「上井君に未練があるの?」
「…未練じゃないと思うんだけど…。今も彼はアタシのことは無視してて、この半年間、一言も話してないし」
「そうなの?まだ話せてないの?実はお母さんね、入学式の日に上井君と直接お話ししたんだよ」
「えーっ?」
私はビックリした。まさかお母さんが、上井君と直接喋ってたなんて。しかも高校の入学式の日に?
「一応、これだけのクラスがある中で、同じクラスになったのは奇跡みたいなもので、上井君はウチの娘が許せない気持ちがあると思うけど、娘も悩んでるから、機会があれば話し掛けてやってね、って言ったんだけど…。まだ上井君の心は閉じられたままかしら」
「…うん、少なくともアタシにはね」
「じゃ、他の子とは普通に喋ってるの?」
「うん。同じ中学から行った、笹木さんや松下さん、伊野さんとは普通に喋ってる」
「そっかー。まだ上井君は神戸千賀子に対しては心を閉ざしてるか!でもね、男の子にしてみたら、好きだった女の子にフラれただけでも辛いのに、その後貴女は言葉は悪いけど、次の人、その次の人って感じで今に至ってるでしょ?上井君は真面目だから、貴女にフラれた気持ちを整理させる時間がないんだと思うよ。お母さんが直接話した時も、とっても礼儀正しくて、素敵な男の子だって思ったし。そうそう、去年初めて電話で話したこともあったけど、その時も上井君の丁寧なご挨拶から始まったしね」
「それは…分かるけど…」
「まあお母さんは、これ以上は何も言わない。今度付き合うことになった男の子が礼儀正しい子で、お母さんも気に入るような男の子であることを祈ってるわ」
お母さんは言外に、上井君のことを気に入ってたって言ったようなものよね。大村君は…どうなるのかな。お母さんの眼鏡に適うかな。
とりあえず、前に進むしかないもの。明日からも前を向いて頑張るしかないわ、アタシは…。
<次回へ続く>
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