第4話 -謎の解明-

 参加人数が少ない、クラスマッチ週間の部活を終え、先輩や同期も含めて誰も同じ方面に帰る部員がいなかったので、今日も1人で帰るか…と思って下駄箱で靴を履き替えていると、


「上井くーん」


 と声を掛けられた。


 え?誰だ?と思ったら、野口さんだった。


「あ、野口さん、お疲れ~」


「お疲れさま。上井君、1人なの?」


「うん。大竹方面はね。まあもう1人いるんだけど、俺の中ではカウントされない方だから…」


 と言って、神戸のことを暗に匂わせた。


「クスッ、面白いね、上井君って。じゃあ、彼女代理のアタシが一緒に帰ってあげよっか?」


「えぇーっ、いいの?っていうか、野口さんは廿日市方面じゃろ?遠回りになるじゃん」


「そんなのええんよ。宮島口から広電に乗れば…。ね、気にせんでもええじゃろ?」


「いや、切符代が掛かっちゃう…」


「そんな、広電で千円もするわけじゃないんじゃけぇ、ええよ。気にしない、気にしない」


 ということで、1人で帰るつもりだった俺だが、思わぬ救世主が現れた。


「いつもは誰と帰りよるん?」


「村山と2人ってパターンが多いかな。そこへ松下さんや伊野さんが加わることもあるよ」


「なるほどね。そこにはチカは入らないんだ…」


「…5月までは一緒になることもあったんよ。でもまあ簡単に言えば、大村に取られたってところかな」


「ふむふむ。で、そのたまーに一緒になった時も、上井君はチカとは…」


「全く会話なし!凄いじゃろ!」


「凄いというか、執念というか、上井君の意地だね…」


 野口さんは苦笑いで応えた。

 トコトコと宮島口へ向かいながら野口さんと歩くのは初めてだったので、なんだか新鮮だった。


「そうそう、詳しく聞きたかったんじゃけどね」


「ん?なに?」


「この前聞いた話。神戸…さんが、俺が中3の吹奏楽部の時、後輩からモテてたって、野口さんに言ったんだよね?」


「うん。2人で話しよる時にね」


「俺、この前そのことを聞いてから、ずっとそのことが引っ掛かっててさ。何かこう、もう少し具体的なことって言ってなかったかな?なんて…」


「ふふっ、上井君も気になるんじゃね?」


「えっ、そりゃあ気になるよ!元カノが今になって中学時代の、当人には幻のような話を野口さんにした、と聞けば」


「あははっ。そっかー、上井君もそんな一面があったのね。じゃあチカが話してくれたことを、もう少し詳しく教えて上げるね」


「お願い!」


「そのためには、ちょうどあの角に見える自販機で、冷たい何かを…って、冗談だけどね」


「いやいや、缶コーヒー1本くらい、奢らせてもらうよ?暑いし、俺も飲みたいし」


「ホンマ?言ってみるもんじゃね~。じゃ、上井君と同じ缶コーヒーにして」


「ええの?それで」


「だってアタシ、彼女代理だもん。彼氏と好みを合わせなくちゃ」


 また俺は顔が赤くなるのが自分でも分かった。本当に不慣れな男だ…。


 とりあえず自販機まで来たので、俺の好きなキリンのジャイブという缶コーヒーを2本買った。


「はい、野口さん」


「わ、ありがとう~。冷たいね。カンパイしよっか?」


「カンパイ?ビールじゃないけど…」


「いいのいいの。はい、蓋を開けて…乾杯!」


 お互いに缶をぶつけ合った。俺は一気に、野口さんは半分ほど飲んだ。


「美味しいね!冷たくって」


「うん、俺、全部一気に飲んじゃった」


「ふう~、水分補給したところで…アタシ、どこまで話したっけ?」


「いや、殆どまだ何も…」


「アハッ、アタシもいい加減な女ね。じゃ、最初からね」


「うん、頼むよ」


 再び俺と野口さんはゆっくりと歩き始めた。


「まずね、お互いに気になる男子とかいる?みたいな話になったの。ここまでは言ったと思うんだ。でも今考えたら、お互いに隠し事してたんだなぁ…。アタシは須藤先輩に言い寄られてたのを隠して、特にいないって言ったし、チカも大村君から言い寄られてた時期のはずなのに、誰もいないって言ってたし。あっ、早くも友人関係に亀裂が入りそうだわ」


「うわっ、女と女の腹の探り合いだね」


「ふふっ、そうかもね。女って怖いでしょ?」


「怖いのは、半年前に十分経験しとるよ…」


「そうよね、上井君は。そうそう、それで一応お互いに今は特定の気になる男の子はいないって結論になって、じゃあ同期で敢えて選ぶなら誰がいい?って話になったのよ」


「同期の中から?敢えて?うんうん、それで?」


「アタシは、上井君にはゴメンだけど、その時は村山君って言ったのね。背が高くてカッコいいって思ってたから」


「まあね、アイツには見た目で完敗しとるよ」


「でもチカは、村山君には別の高校に彼女がおるよって言ったの。それって本当?」


「あっ、本当だよ。その彼女ってのが、俺が中3で吹奏楽部の部長をしとった時に、副部長として助けてくれた女の子でね。村山が高校で吹奏楽を始めたのは、その影響もあるんじゃないかなって思っとるんよ」


「わ、本当だったんだね…。でもね、今は違う男の子が気になってるから、大丈夫」


「そうなんや?…まあ、あえて俺もそれが誰?とかは聞かんけど…」


「……ま、続けるね」


 ん?今の不自然な間はなんだ?俺、また下手を打ったのか?うーん…


「で、アタシは村山君って言ったんだけど、チカは物凄い悩んでね…」


「そうなんだ…」


「そんなに悩むなら、別に無理せんでもええよ、って言おうとしたところに、絞り出すようにしてトランペットの大上君、って言ったの」


「大村でもなく、俺でもなく、大上?何にも共通項ないけどなぁ…」


「チカとしては苦肉の策だったんじゃないかな…。大上君はアタシも中学が違うからよく分かんないし。山中君は同じ阿品中学じゃけぇ、ある程度知っとるから」


「そっか…。野口さんが一番追求しにくい同期を選んだってことか…。やるなぁ、敵ながら」


「チカは敵なの?」


「あっ、今はね。今は…」


「ごめんね、茶化しちゃって。上井君の苦しみは、誰よりも分かってるつもりだから」


「いやいや、俺も表現がキツかったかもしれんし。でも今までの話からは、この前聞いた俺の中学時代の話にはなかなか繋がらないよね」


「それが、この後に繋がるの。名前の出なかった残りの同期男子についての話になってね。伊東君は、遊び人っぽいから却下。大村君は、真面目過ぎで冗談も通じなさそうだから却下。今考えるとチカ、嘘じゃん!って思うけど。山中君は、アタシはよく知ってたから言ったけど、結構優しくてモテるタイプだよって言ったの。高校でもすぐ彼女は出来るんじゃないかな?ってね。で、最後に上井君の話になって…。でもチカはその時は、中学の時に上井君と付き合ってたとは言わなかったなぁ」


「俺が彼氏だったなんて、葬りたい過去なんでしょ、きっと」


「またそんなこと言って、自分を下に見ちゃダメだよ。その時チカは、上井君が気にしてる、『上井君は中学の時吹奏楽部の部長をしてて、凄い後輩の女の子からモテてたの』って、言ったのよ。最初はそれだけ言ったんだよね」


「ふーん…。自分が彼女だったことは野口さんに隠す必要もないのに隠して、なんで後輩女子からモテてたなんて嘘を付いたんだろ?」


「ねぇ、上井君は本当に中学の時、部活の後輩からモテた覚えはないの?」


「全然!前に言ったよね、卒業式で1年生の女の子が1人、ボタンをもらいに来てくれただけだって。それしかモテ系の話はないって」


「でもチカが言うには、3年生が引退する時は後輩がアーチを作って音楽室から出ていく3年生を見送るんでしょ?その時、いつまでも終わらないなと思ったら、上井君が後輩の女の子から握手攻めに遇ってたって…」


 吹奏楽部では中3の文化祭が終わった後、3年生の引退セレモニーがあり、3年生を後輩がアーチを作って見送る慣例があった。そのことを言ってるのか、と俺は思った。


「ああ、そのことを言ってるのか…。俺、一応部長だったから、アーチを抜ける順番は最後になってたんよね。で、後輩1人1人に、Aさんはこうだったから、ロングトーンをこなしたらいいよとか、Bさんは明るくて元気がいいから、来年は新1年生を沢山取る係だねとか、アドバイス…は大袈裟じゃけど、みんなに違う言葉を掛けるように心がけて握手してたんよ。それで時間が掛かったから、そのことを言ってるんだと思うよ」


「凄いじゃん、上井君」


「別にそんな凄くないよ」


「だって、結構な人数でしょ?3年生を抜かしても。なのに残った後輩1人1人に全部違ったアドバイスするなんて、なかなか出来ることじゃないよ。普段から部員のことをしっかり把握してないと…。そんなことされたら女の子は、『上井センパイ、アタシのことをちゃんと見ててくれたんだ💖』ってなっちゃうよ。嬉しいよ、これは」


「いや、でもその後のバレンタインも卒業式も、1年生の子1人を除いて、何にもなかったし…」


 野口さんは少し悩むような素振りをしてから聞いてきた。


「ねぇ上井君、上井君とチカって、部内に付き合ってることは知られてたの?」


「まあ、一応ね。男子の後輩からはもっと攻めなきゃって怒られてたし、女子の一部の後輩からはいつまでも神戸先輩と仲良くして下さいね、ってその引退アーチで言われたし」


「だからだよ。バレンタインも卒業式も、上井君はチカと付き合ってるって後輩の女の子は思ってるから、上井君に手が出せなかったんよ」


「そうかなぁ!?本当にモテる男子は、既に誰かと付き合ってようが、容赦なく学ランのボタンとか全部毟り取られてたし」


「それは、生徒会会長とか、野球部やサッカー部の部長とか、ごく一部の目立つ男子じゃない?」


「いや、村山も餌食になってたよ。ハハッ…」


「む、村山君は…うーん…見た目がカッコいいからじゃない?」


「ハハ…、男はやっぱり見た目だよね…」


「あっ、ごめん。そんな意味じゃなかったんだけど…」


「いいよいいよ、慣れてるから」


「いや、アタシが悪かったわ。なによ彼女代理とか言っていい気になって、上井君のこと傷付けて…」


 野口さんが本当に申し訳なさそうにしているので、却って掛ける言葉を失ってしまった。


 しばらくゆっくりと歩きながら、俺から声を掛けた。


「あのさ、彼氏代理がこう言ってたよ。アイツはああ見えてなかなかの鋼のハートを持ってて、相手がどんな気持ちで喋ってるとか、ちゃんと分かってるんだって。だから彼女代理さんが、なんの悪意も持ってないことなんて、とっくに知ってるんだって。最後に、そんなこと気にしないで、また一緒にお話ししようぜって言って、帰ってったよ」


 野口さんは俺の顔を見上げると、目に涙をいっぱい溜めて、


「本当に?」


 と聞いてきた。


「本当だよ」


 と返したら、


「彼女代理もこう言ったわ。最後に勝つのは優しい男の子。だから上井君、自信もってね、だって」


「そうかぁ。じゃあ上井って男に、優しさを忘れるなって言っておくよ。ヤラシサじゃないぞ、優しさだぞってね」


「そうそう。ちょっとしたユーモアも忘れずに、ね」


 ここまで話したら、丁度宮島口に着いた。


「ありがとうね、野口さん。貴重な時間を俺のために割いてくれて、ありがとう」


「ううん。とっても濃いお話が出来たね。クラスマッチも部活も、そして恋も頑張ろ?ね!」


 じゃあまたね…と手を振って、俺たちは別れた。


 野口真由美…素敵な同期の女の子と知り合わせてもらえて、俺は幸せ者だ。後は伊野さんに近付ければ最高なんだが…。


 <次回へ続く>




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