第2話 -大人の階段-

 朝練をボイコットした日、1日全くバリサクを吹かないのは感が鈍る…と思った俺は、昼の弁当をとっとと食べ、昼練に向かった。


 大村と神戸は以前は昼練に出て、色々と大村が喋り掛けていたが、今は昼休みに入ると何処か別の所へ行ってしまうので、多分昼食を2人だけで食べて、そのままイチャイチャしてるのだろう、昼練には来なくなった。


 神戸が弁当を作って、大村に「はい、アーン」とかさせてんのか?


(朝昼帰りと、そんなに一緒にいなきゃダメなのか?死ぬのか?)


 半ば一人で勝手に怒り呆れつつ、朝練と違ってあまり参加者がいない昼練のためバリサクを楽器庫から出してくると、野口さんと出会った。


「あっ、上井君。この前から色々、改めてありがとうね」


「いやいや、俺なんかで役に立てて光栄だよ」


「まだ…バリサク出してないよね」


「うん。ケースを引っ張り出しただけ」


「じゃあ、ちょっとお話ししない?」


「あ、うん。ええよ。音楽室で?」


「…渡り廊下に行こっか」


「分かったよ」


 俺はバリサクを楽器庫に戻すと、野口さんの後を追って渡り廊下へ行った。


 真ん中辺りで腕を手すりに乗せ、遠くを眺めている野口さんにはすぐ追いついた。


「…上井君ってさ…」


「ん?なになに?」


「中学の吹奏楽部では、結構モテとったんじゃろ?」


「へ?なんで?そんな自覚、一つもないよ。どっからそんなデマが出てきたん?」


 俺はビックリした。中学の吹奏楽部でモテてた?え?


「…チカから」


「チカってのはもしかして…」


「ごめん、神戸千賀子のことね。アタシ、クラの半分初心者っていう状態で吹奏楽部に入ったんよ。で、クラリネット吹きたいなと希望だしたら、希望が通ってね。正式にクラリネットになったんじゃけど、半分初心者ってのは、構えて息を吹き込んだら音が出る程度で、音階とかは全然…なレベルと思って。そんなアタシにクラの音階とか基礎を教えてくれたのが、チカ…神戸千賀子なんよ」


「へぇ…」


「だから、アタシと神戸千賀子の間では、チカ、マユって呼び合ってるんだ」


「そうだったんじゃね」


「隠しててごめんね」


「全然!それは野口さんと神戸…さんの間の友情じゃけぇ、俺が口出ししちゃいけんじゃろ」


「優しいね、上井君」


「いや、こんなの優しいとか以前の話だよ。俺が神戸…さんと話さないと決めたのとは別の話だし、気にせんとって。でもさっき野口さんが言ってたデマが気になるなぁ。そうなるとそのデマの出どころって…」


「そう、チカ、なんよ」


「はぁっ?なんでやねん。去年付き合っとる時も、フラれた後も、そんな話は一つも聞いたことがないよ。もっともフラれた後は話してないけぇ、聞くこともなかったんじゃけど」


「本当にチカとは、上井君がフラれてから、一言も話してないん?」


「うん!」


「そこ、そんなに元気を出すところじゃないって……」


 野口さんは苦笑いの表情を見せた。


「まあ、数えられる程度は目が合ったことがあるけどさ。すぐ俺が目を逸らすから…」


「そうね。この前聞いた上井君のこの半年の出来事を考えたら、顔も見たくない存在かもしれないよね」


「でも、そんな俺のことが話題になるなんて、なんで?」


「この前も言ったじゃん。女子だけの場になると、恋愛の話とか男子の話で盛り上がるけど、アタシはちょっと引いてる…って」


「ああ、それに繋がるんだ?」


「それの、クラ限定版…というか、アタシとチカの2人限定版だと思ってくれたらいいかも」


「2人で、恋愛話になったんだ?」


「そう。チカとならそんな話、してもいいかな、と思ってね」


「ふむふむ。その場で、俺が出てきたの?」


「まあ最初はさ、お互い誰か好きな男の子はいるの?とか、そんな話から始まるよね。その頃チカは一応フリーの状態だったかな…。アタシは、いないって言ったの。そしたらチカが、上井君って同じ中学出身なんだけど、後輩の女の子からモテてたんだよって、教えてくれたのね」


 俺は驚いた。全く絶縁状態の俺について、俺自身信じられないようなことを野口さんに言っていたなんて。


「うーん…。なんと言うか…。全然実感が持てないし、それを確認しようにもそう言った張本人とはしゃべらないように決意してる本人がここにいるよ」


「ホンマに?アプローチとか、何にも無かったん?」


「しいて言えば卒業式の後で、吹奏楽部の1年生の女の子がボタンを下さいって来てくれたけど、1人だけだし。もしモテてたんなら、卒業式でもう数人くらい、女子がボタン下さいって来てくれそう…じゃない?だから、神戸…さんの嘘とまでは言わんけど、幻か何かを見ただけじゃない?by本人談って、いつか言っといてよ」


「そうなんだね。2人の間には溝があるってことね…」


「ハハッ、溝どころか川、もしかしたら別の国かもしれないよ」


 そんな話をしている内に、昼休み終了の予鈴が鳴った。


「ごめんね、上井君。練習の邪魔してしもうて」


「いや、気にせんとって。一応今は野口さんの彼氏代行だし」


「じゃあアタシは上井君の彼女代行?」


 野口さんがそう言っただけで、俺は自分でも分かるほど照れて顔が真っ赤になってしまった。


「アハハッ、上井君、ウブなんじゃけぇ。早く大人になりんさいね。じゃあまたね」


 野口さんはそう言って、クラスへと戻っていった。


(ウブでオクテ…だからダメなんだよな)


 俺は神戸にフラれた後、中学の吹奏楽部の後輩女子から、


『上井先輩はウブでオクテじゃけぇ、女の子は待てなくなるんよ』


 と言われたことがあった。見事に俺がフラれた核心を突かれたな、と苦笑していたが、この性格が治らないと、彼女なんて出来ないんだろうなぁ。


 今一番気になっている伊野さんとは、部活禁止期間に入ってから全く顔も合わせられていないが、照れずに面と向かって喋れるようになれるかな…。


 <次回へ続く>

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