第3章 1学期末'86-高1-
第1話 -クラスメイト-
期末テスト週間に入り、午後の部活は休部中だ。
だが朝練や昼練は禁止されていないどころか、須藤部長は出来るだけ参加してほしい意向を示していたので、俺は朝も昼もバリサクを吹くべく、いつも通りの列車で登校した。
朝練の時間に登校するとなると、列車の本数も多くないため、神戸千賀子と同じ列車になる確率も高かったが、もし神戸千賀子の姿を見掛けたら、俺はいつも宮島口駅の待合室で時間を数分潰してから登校するようにしていた。
(何時までこんな意地張ってんだか…)
と俺もたまに思ってしまう。
一生喋らないとか子供染みたこんな意地を張り続けるより、もう失恋して半年経つんだし、大村がいない時くらいは普通に喋れる関係性に戻ってもいいんじゃないか?と、たまに思うが、じゃあ何をどうやって話し掛けるの?と聞かれたら、答えに窮してしまう俺がいる。
今朝も車両は違うが神戸千賀子と同じ列車になってしまい、俺は宮島口駅のホームをスタスタと歩く神戸とは距離を取って、ゆっくりした足取りで改札口へ向かったが、先を行く神戸の雰囲気が何となく遠目から見ても、違っていた。
急ぎ足だし、そして改札口を出たら、明らかに誰かを探している様子なのだ。
そのため俺は改札から出ず、ホームのベンチに座って、こっそり窓から神戸の様子を見ていた。
(ええっ!)
神戸が、誰かに向かって手を上げた。
その視線の先には、大村がいた。
(マジか!)
2人は宮島口駅で列車の時刻に合わせて待ち合わせていたんだろう。
昨日まではこんな光景は見なかったから、遂に大村は俺達の聖域、宮島口駅にまで侵食してきたことになる。。
同時に、野口真由美に励まされ、伊野沙織を好きになりつつあることで収まっていた、神戸に対する鬱屈した怒りが再び湧き上がるのを、俺は押さえられなかった。
(なんだ、あれは?正反対の方向の家のくせに?そんな四六時中一緒にいないと気が済まないのか?)
怒りと悔しさを堪えながら2人の様子を見ていると、楽しそうに喋りながら高校の方へと歩き始めた。
今改札を出たら、俺は怒りのあまり大村と神戸に殴り掛かりそうな気持ちだ。そんな醜態は晒したくない。必死に宮島口駅ホームの自販機の缶コーヒーを飲んで時間を潰した。
もう少し待てば、次の列車がやって来て、多分その列車からは他の同期や知り合いが降りてくるだろう。
だが俺は1人でいたい気分だった。
次の列車が来る前に改札を出て、1人で高校へ向かった。だが朝練に出る気持ちは失せていた。音楽室にはあの2人がいるからだ。
どうせ2人でイチャイチャしながら練習してるんだろう。
いや練習ではなく、喋ってるだけかもしれない。
教室に着いても怒りが後から沸々と湧いてくる。自分でもその内、何に対して怒っているのか分からなくなってきたが、とにかくイライラが収まらなかった。
少しずつクラスメイトがおはよーと言いながら登校してくるが、珍しく俺が早くから教室にいることにビックリしているクラスメイトが殆どだ。
「あれ?おはよー、上井くん。どうしたん?いつもブラスの朝練に出てから、ギリギリにクラスに来とるのに」
と声を掛けてくれたのが、同じ中学から進学した女子バレー部の笹木さんだった。彼女は今や、クラスの中心的存在になっている。
「あっ、笹木さん、おはよー。ちょっと眠くてさ、今朝は朝練に出るのはやめたんだ」
「うーん、アタシには眠いから朝練に出ないような顔には、見えないぞ。眠かったら、こんな早く高校には着いてないでしょ。むしろ遅刻ギリギリになるんじゃない?眠いよりも、何かがあったんでしょ」
「さ、流石同じ中学…。まあね、ちょっと頭に来る出来事があってさ、朝練はボイコットしちゃったんだ」
「頭に来る出来事?うーん、アタシには詳しくは分かんないけど、それでも中3からの同級生として、大体察しが付くよ。きっと多分さ、しばらくはその2人の顔も見たくないほどだと思うけど」
流石中学の時も同じクラスだった笹木さんだ。俺のことなどお見通しのようだ。
「笹木さん、実は全て分かってたりしてない?俺の中3から今に至るまでの状態…」
「全部は分かんないよ、流石に。でもアタシは、どちらかと言うと上井君派だから。林間学校だって、一緒の班だったじゃない。元気出してね」
笹木さんは俺の肩をポンポンと叩いて、自分の席に座った。
1年前、昭和60年7月の運命の林間学校の班に、神戸、松下の他、笹木さんも同じ班に抜擢していたことを思い出した。
「ありがとうね、笹木さん」
「いえいえ。じゃあ相談料として、ハローふじおかでアイス一つね」
「あ、アイス?」
「ふふっ、冗談よ。同じ中学から来たみんなには、いがみ合ってほしくないだけよ」
女子はアイスが好きだな~と思いながらそんな会話をしていると、少し俺の心もほぐれたが、朝練を終えて仲良さそうに喋りながら教室へやってきた神戸と大村の姿が見えた途端、あっという間に俺の怒りが再燃してしまった。
大村は全く何も気にせず自席に座ったが、神戸は俺の表情を見て何かを悟ったのだろう、それまでの笑顔が消え、俺の顔を見ないように、俯くように自席に戻っていった。
俺は緩みかかっていた『一生神戸千賀子とは喋らない』という初心を、改めて固く己に誓った。
<次回へ続く>
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