第27話 -アルヴァマー序曲-

 文化祭翌週の月曜日、予想はしていたが、部活に出席している人数は少なかった。


「もうちょっと待ってみますね」


 須藤部長はそう言って、まだ来ていない部員を待とうとしたが、俺は中学時代の部長としての血が騒ぎ、そんな生温い対応は必要はないと思い、挙手して発言した。


「先輩、もう4時半ですし、これ以上待たなくてもいいんじゃないですか?半分くらいは出席されてますし。今日来なかった部員は、決められたコンクールの曲について口出しできないってことにしましょうよ」


 すると音楽室内がおぉーっと、どよめいた。


「えーっと、今、上井君が勇気ある提案をしてくれましたが、皆さん、どうですか?」


 先輩方や同期が、賛成、賛成と声を上げてくれ、すぐに課題曲を決めることになった。


 須藤先輩が福崎先生を呼びに行ってくれ、先生が今年の課題曲のデモテープを持って音楽室に来てくれたが、やはり出席している部員の少なさを嘆き、


「こんなんじゃけぇ、コンクールでもゴールド金賞なんか取れんのじゃ。でも上井か?勇気ある発言してくれたのは」


「あっ、はい、すいません…」


「いやいや、どんどん意見を言ってくれるのはええことよ。これからも思いついたことはどんどん言ってくれ。他のみんなもそうだぞ。学年とか気にせず、言いたいことがあったら遠慮せずに口に出してくれよ」


 はい、と返事があったところで、先生は課題曲のデモテープをステレオで再生し始めた。


 昭和61年の吹奏楽コンクールの課題曲は、4曲ある。その中から部員の挙手でやりたい曲を選び、先生が意見を言って決まる方式らしい。

 こんな所は中学と違い、部員の意見を反映させてるんだな、と思った。


 課題曲AからDまで順番に聴いていったが、俺はAとCはないな、と思った。選ぶならBかDだ。

 偶々隣にいた、トランペットの大上ともコソコソと話したが、同意見だった。大上は、


(AとCじゃ、練習する気が起きん)


 と、ボソッと呟いた。俺は思わず笑いそうになったが、大上らしいな、とも思った。


 残るはBとDだが、Dはコンサートマーチで、いかにも多くの学校が採用しそうな雰囲気の曲だった。


(俺はBかな…難しそうじゃけど)


(俺も。Dはメロディが単調すぎるし、後半チューバが目立ちすぎる。他の学校と差を付けられる部分があまりない。単純に上手い、下手を図るにはいいけどさ。まあ曲としては悪くないけど、高校じゃなくて中学校向けかなぁ)


 大上の分析は凄いと思った。大上も中学の吹奏楽部で部長をしていたそうだが、俺と同じ理由で高校では部長はもうしたくないと言っていた。


「では皆さん、時間の都合で1度しか聴けませんが、一度の直感で課題曲を選んで下さい。Aがいい人!」


 誰もいなかった。


「Bがいい人!」


 俺と大上、その他先輩方の挙手が目立った。


「Bは…9人ですね。じゃあCがいい人!」


 1人いた。クラリネットの南先輩だ。思わず音楽室内が、おーっという声に包まれる。


「はい、Cは1人。ではDがいい人!」


 結構手が上がった。同期の1年が多かったが、8人だった。


「はい、一応全部確認取りました。Aはゼロ、Bは9人、Cは1人、Dは8人ですね。BとDで拮抗してますが、先生、どうでしょう?」


「うーん、俺が個人的に指揮したいと思うのは、Bじゃのう」


 音楽室がドッと沸いた。


 Bに先輩方の挙手が目立ったのは、福崎先生の好みを知っているからではないか?そんな気がした。


「じゃあ課題曲はBでいきましょう。よろしいですか?」


 拍手で承認された。


「では次、自由曲なんですが、先生に候補曲を挙げていただきます」


「はい、3つあるんよ。1つは去年のリベンジ、『サムソンとデリラよりバッカナール』、2つ目は『アルヴァマー序曲』、3つ目は『クイーンストーン序曲』。部長、どうする?全部聴いたら結構時間が掛かるが…」


「じゃあ、多分最初の2つは皆さん聴いたことがあるというか、2年生はバッカナールは去年やってますしね。アルヴァマーは有名ですし。最後の『クイーンストーン序曲』というのを、先生、聴かせてください」


「おう、じゃあ聴いてみてくれ」


 先生がカセットをステレオに入れ、再生させた。


 最初は眠くなりそうな立ち上がりだが、途中からアップテンポになり、最後で少しスローになるが、アップテンポな部分の主旋律が生かされたまま壮大なエンディングを迎えるというスタイルだった。


 聴き終わった部員は、先輩方も含めてう~んと唸っていた。


 俺は個人的に知っている、「アルヴァマー序曲」をやりたいな、と思っていたが、何故か大上に、それは自殺行為だからやめとけと言われた。


「これも直感で挙手してください。『バッカナール』がいい人!」


 先輩方を中心に何人か手が挙がった。


「はい、6人。では『アルヴァマー序曲』がいい人!」


 俺はやっぱり手を挙げたが、なんと俺以外に挙手したのは神戸千賀子だけだった。


「はい、2人。では『クイーンストーン序曲』がいい人!」


 ドッと手が挙がる。


「はい、10人ですね。先生、圧倒的に今聴かせて頂いた『クイーンストーン序曲』となりましたが…」


「やっぱり曲を聴いた直後じゃけぇかの。心理的に誘導されたんか?みんなは」


 クスクスと笑い声が上がる。


「じゃ、この『クイーンストーン序曲』を自由曲にするということでよろしいですか?」


 これまた拍手で承認されたが、アルヴァマーをやりたかった俺は拍手には加わらなかった。


「頑固な奴じゃのぉ、上井も。そんなにアルヴァマーやりたいん?」


 大上がそう聞いてきた。


「個人的にはね。去年、庄原のコンクールで自由時間に初めて聴いたんじゃけど、なんてええ曲じゃ!と思って鳥肌が立ってさ。一度やりたいって思ってたんよ」


「そうかぁ。じゃけどあの曲、トランペットはハイトーン地獄じゃし、木管は木管殺しと言われるほど16連符の嵐なんよ。だから、お前と女子の誰だっけ…2人しか手を挙げんかったじゃろ?実態を先輩らも含めて知っとるけぇよ」


「そうなんじゃ…」


「聴くだけならいい曲だと、俺も思うけどな」


 そんなアルヴァマー序曲で挙手した神戸千賀子の胸中を、俺は知りたかった。


(去年、庄原で聴いたからじゃろ?俺が文化祭で吹きたいなって言ったの、覚えててくれたのか?)


 と、問い掛けたくなった。だが、二度と喋らないと決めたんだ。俺から話すことは何もない。



 一方で神戸も大村に聞かれていた。


「『アルヴァマー序曲』って、そんないい曲なの?」


「うん。一度聴いてみて。今度カセット持ってくるから」


「他には上井しか手を挙げてなかったから、あえなく却下になったけど…」


「えっ?上井君が挙手してたの?『アルヴァマー序曲』で?」


「うん。俺は部長に、既に皆さん知ってますよねと言われても知らん曲だからさ、今聴かされた最後の曲に手を挙げたけど、他の曲の時、どんな挙手状態かなって、ちょっと見回してたんよ」


「そしたら須藤先輩が言った2人ってのは…」


「神戸さんと、上井の2人だよ」


「そうだったのね…」


 神戸はたったそれだけのことで、胸が熱くなった。上井に出来れば話し掛けたかった。


(去年、中学校のコンクールで『アルヴァマー序曲』を聴いたからだよね?上井君が文化祭で吹きたいって言ってたもんね?)


 でも神戸が話し掛けても無視されるだけだろう。そっと心の中に、去年のコンクールの思い出を戻しておいた。



 とりあえず曲が決まったことで、楽譜が配布された。


「えーっと、明日から期末テスト週間で部活は禁止となりますが、朝と昼は開いてますので、朝練、昼練したい方、ぜひ短時間でも来て下さい。では今日はこれで終わりとします」


 解散となったが、今日は村山も松下も、そして伊野さんも欠席していた。


 曲決めと聞いて、初心者だから…と遠慮したのではないか?


(あー、今日は1人で帰るか…)


 大上も山中もお先に~と帰っていく中、俺も帰ろうと立ち上がった。

 するとそんな俺のカッターシャツを引っ張る女子がいた。


(神戸…さんが彼女の時、よくこうやって裾を引っ張られたよなぁ)


 だが今引っ張ったのは神戸ではなく、野口真由美という同期の女子だった。パートはクラリネットだ。


「野口さん…だよね?」


「わあ、上井君、アタシの名前、知っててくれたの?嬉しいな」


「ああ、人の名前を覚えるのは、中学で部長をしとったけぇ、なんとなく得意なんよ」


「へぇ、上井君、中学で部長しとったん?じゃけぇさっきみたいな時、先に進めましょうって意見が言えるんじゃね」


「うーん、なんかこれじゃいつまで経っても始まらんじゃん!って思ってね。つい余計なことを…」


「ううん、余計じゃなかった。カッコ良かったよ」


「そ、そう?」


 俺は思わず照れてしまった。まさかの告白か?と思ったが、話の中身は相談だった。

 とりあえず音楽室はもう閉めるので、続きは下駄箱でということになった。


 この日は結構雨が降っていて、野口さんもまた、俺とは反対方向に自宅があるので、下駄箱から飛び出た庇の下で続きを話すことになった。


「実はね、誰かに相談したかったんじゃけど、誰に相談したらいいか分からなくて。でも今日とか最近の部活見てて、上井君なら相談出来るって思ったの」


「ということは、結構長く抱えてた悩み?」


「うん…」


「いつ頃から?」


「ゴールデンウイーク明け位かな」


「1ヶ月以上じゃん。よく耐えたね。辛かったでしょ?」


「うん…。上井君、やっぱり優しいんだね。噂通りだわ」


「何々、その噂って…」


「やっぱりブラスは女子が多いじゃん。女子だけで話してると、どうしても恋愛とか、男子なら誰がいいとか、そんな話になるのね。アタシはあまりそんな話には首を突っ込まないようにしてるんだけど、必ずそんな話になると出てくるのが、上井君は優しそうって話なんだ」


 俺はちょっと嬉しくなった。あまり声を掛けられてはないが、いつの間にか男子勢は女子によって観察されているのだ。


「本当に?ヤラシイじゃなくて、優しい?」


「アハッ、そんなユーモアも含めて、だと思うよ」


「ありがたいし、もったいないよ、俺には」


「なんで?上井君、これも噂で聞いたんだけど、クラの神戸さんとは何やら因縁があるんだってね」


「まあ、ね。いつかまた、詳しく話してあげるよ」


「うん、教えてね。それでね、アタシの相談っていうのが…」


 俄かに表情を硬くした野口さんから発せられた悩みは、俺も驚くものだった。


<次回へ続く>

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