第26話 -鞘当て-

 練習漬けの文化祭が終わり、吹奏楽部の次の目標はコンクールにスイッチされた。


 やはり10曲演奏すると、途中から飽きてきた生徒が喋り出し、最後は騒然とする中での終演となり、生徒会担当の先生が途中で「静かにしろ!」と怒るなど、中学の時と違って、あまり気持ちの良いステージにはならなかった。


「須藤先輩、去年もこんな感じだったんですか?」


 俺はバリサクを片付けながら、部長に聞いた。


「いや、去年はもっと酷かったよ」


「えっ?マジですか?」


「途中で体育館から逃げる生徒も見えたし。これは体育教官が首根っこ捕まえてたけどさ、ハッハッハ」


「えっ、そんなことが…。中学の時は、吹奏楽部の演奏はみんな静かに聴いてくれてたので、実はちょっとショックだったんですよ」


「まあ…。全校生徒1000人以上を集めて強制的に蒸し暑い体育館で10曲聴かせるってのは、もしかしたら無理があるのかもしれないよね。このままだと来年も同じようなことになるから、ステージを工夫するか、曲数を減らすか、何か考えないとね。それは上井君たち、今の1年生の手腕に掛かってるよ。頑張ってくれ、応援しとるから」


 既に須藤部長は、コンクールへと頭が切り替わっているようで、文化祭は早くも俺らの世代へ投げたと言わんばかりだった。


「うーん…。中学の時の感覚でいちゃ、いけないんだなぁ…」


「どうした?ウワイモ」


「イモは余計じゃっつーの!」


 トロンボーンを片付け終わった山中が、なんとなく考え気味の俺に声を掛けてきたので、須藤部長から聞いた話をそのまま山中にぶつけてみた。


「どう思う?」


「ほうじゃねぇ…。確かに蒸し暑い中で、1時間以上強制的に聴かされるのは辛いかもね。実は他の文化部からは、吹奏楽部ばっかりズルいって声もあるらしいぜ」


「他の文化部?」


「そう。美術部とか茶道部とか書道部とか。吹奏楽は2日目の午後に全生徒強制鑑賞だけど、他の文化部って自由観覧じゃん。だから興味のない生徒や親は寄り付きもしないし…って話」


「なるほどね。うーん、でも俺は中学の感覚が残ってるのか、全生徒の前で演奏したいんだよなぁ」


「上井の中学って、1年から3年までで何人?」


「え?あんまり数えたこともなかったけど…500人くらいかな?」


「高校の半分くらいか。で、文化祭の時期は?」


「11月だよ」


「だよな!やっぱりちょっと寒くなってきたって頃にやるのがいいと思うよ、俺も。今の季節じゃ蒸し暑いけぇ、体育館も全部の窓を開けて、場内も明るいまんまじゃろ。11月くらいだと、窓閉めて場内を暗くすることが出来るから、もう少しみんなが集中して聴いてくれると思うんよね」


「だな!芸術の秋に吹奏楽部コンサート、いいよなぁ…」


「でも3年生は出れんじゃろ。高校の文化祭がこんなに早いのも、3年生の受験日程のせいらしいから」


「あー、そうなるな。難しいなぁ」


「まあさ、来年は演奏する曲をもうちょっとみんなが知ってる曲にするとかしないと、って俺も思ったよ。交響曲とかやってもいいけど、誰も知らないドボルザークの8番をやっても、聴いてる方は飽きるよな。せめてベートーベンのジャジャジャジャーンだろ」


「だね。とにかく演奏する曲を変えていけたらいいよな」


「というわけで、来年の部長は上井、お前だな」


「何言ってんだよ!俺、中学の吹奏楽部で部長やって、ほとほと疲れたけぇ、高校では絶対部長はやらん。山中こそ部長の器だよ。推薦するよ」


「俺が部長なんかやったら、部が崩壊するって。一番先輩達から可愛がられとるウワイモがええって」


「じゃけぇ、イモは余計じゃっつーの」


 と山中とやり合っていたら、いつの間にかミーティングの時間になっていて、須藤部長が前に立ち、俺達に目で合図を送ってきた。


(そろそろ締めたいんだけど・・・)


(スイマセン・・・)


 先輩や同期を含め、ほぼみんな着席していた。俺たちもコソコソと末席に座った。


 須藤部長が話し始めた。


「えーっと、皆さん今日はお疲れさまでした。色々掛け持ちされた部員さんも多いと思いますので、今夜と明日はゆっくり休んでください。来週は月曜だけ部活があって、火曜日から期末テスト1週間前ということで部活禁止期間に入ります。月曜日はコンクールで演奏する課題曲を決めたいと思うので、1日だけですけど練習に参加して下さい。あと今日感じたこととかは、コンクールで発散しましょう。今年こそゴールド金賞、狙いましょう。以上です」


 他に意見もなかったので、そのまま散会となった。


 俺が座っていた席へ、村山がやってきた。


「お疲れ~」


「村山もお疲れさん。事実上のデビュー戦、どうだった?」


「いや、こんなに緊張するんか!って思ったよ。出来は悪かった」


「まあ、最初はそんなもんだよ。慣れていけばいいさ。で、何か用?」


 村山から俺の方へやって来たので、何かあると思って聞いてみた。


「ここでは…なんじゃけぇ、帰りながらでも」


「そう?じゃまあ、帰りながら話そうか」


 お先に失礼しまーすと、まだ残っている先輩方に挨拶して、村山と俺は一足先に帰路に就いた。


「なんかさ、中学の文化祭のイメージがあるけぇ、吹奏楽部のステージも、みんなもっとしっかり聴いてくれると思ってたけど、違うんじゃのぉ」


「ああ、俺もさっき、須藤部長に聞いた。去年も酷かったらしいよ」


「どうすりゃええんかのぉ…」


 村山はまだ吹奏楽歴2ヶ月なので、俺と山中のような突っ込んだ話にはならなかった。


「まあ、またゆっくり考えようや。それで、何か俺に用があったんじゃろ?」


「おぉ、そうなんよ。遂に、大村と神戸が付き合いだした」


「それか!それなら俺、現場におったけぇ、誰よりも早く知っとるよ」


「なに?またお前、現場を見たんか?真崎のヨウちゃんに続いて…」


「そうなんよ。俺、芸能リポーターになれるかもな」


「そうか…。じゃ、逆に早く俺にも教えてくれよ。恥ずかしいじゃん」


「ゴメンゴメン、なんか最近、村山とタイミングが合わんくて、なかなか一緒に帰ったりせんかったけぇ、伝えるタイミングも外しとったね」


「で、お前の気持ちは?」


 村山は手でマイクを作り、俺にインタビューするような素振りで聞いてきた。


「もうこうなることは時間の問題と思っとったしね。さほどショックはないけど…」


「ショックはないけど?」


「怒りはある」


「そうか…」


「神戸とは二度と喋らないって決めてたけど、その決意がより固くなったってところやね」


「お前、頑固だもんな」


 村山は苦笑しながら言った。


「でも神戸と喋らんのは俺だけでいいよ。村山は普通に話せばいいし。大村とも」


「まあ…そう言われてもなぁ…。親友の胸の内を知ってて、神戸さんと普通に喋れるかどうか、俺も分かんないよ」


「だって村山家と神戸家は、昔から家族ぐるみで交流があるんじゃろ?そこに俺が乱入して、会話禁止!なんて言えないってば」


「お前は怒りが増したといいつつ、そんな配慮を忘れないんだな。えらいや」


「アレはアレ、ソレはソレ、だよ」


 久しぶりに村山と2人で下校し、空白を埋めながら宮島口駅まで辿り着いた。


「文化祭も終わったし、たこ焼きで打ち上げするか?」


 と村山が提案してきたので俺も乗っかって、例によって宮島口駅待合所でのたこ焼き会を始めたら、そこへ松下&伊野組が登場した。


「なんて手回しがいいの、君たちは」


 等と言いながら、松下がたこ焼きを1個横取りしていった。


「あっ、俺の…」


 村山が呆気に取られた表情でボソッと呟いた。


「ごめんね、村山君。ユンちゃん、お腹空いてるみたいで」


 そう言いながら伊野さんは、俺のたこ焼きを1個取っていった。


「あっ、伊野さん…」


「ごめんね、上井君。サオちゃん、お腹空いてるみたいで」


 そう松下が言うと、4人で顔を見合わせて爆笑した。


「4人揃ってなんて久々じゃん。たこ焼き追加して、打ち上げ楽しもうや」


 村山が提案すると、女子2人も賛成してくれ、ビールの代わりにコーラで乾杯して、4人でたこ焼きパーティーを楽しんだ。


(こんなのって、いいなぁ…。青春してるなぁ)


 そんな俺たちが盛り上がっている光景を横目に、大村に送られてきた神戸は、俺ら4人に見つからないように改札を抜け、ホームへと出た。


 神戸は遠目にその光景を眺め、思った。


(アタシもあの輪に入りたいな…。でも上井君が許してくれないし、大村君も違う意味で許してくれない…。アタシってなんなんだろ…)


 <次回へ続く>

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