第25話 -少しの後悔-

「あれ?チカちゃん?同じ列車だったの?」


 松下は大竹駅で下車し改札に向かう途中、反対側から歩いてくる神戸が目に入った。


「あっ、ユンちゃん…」


 神戸は声を掛けられてちょっと動揺したものの、松下と大竹駅で出会う可能性はあると思っていたので、そんなに慌てはしなかった。


「聞いたよ~。遂に大村君と付き合い始めたんだって?」


「え、やっぱりもう知ってるの?」


「うん。帰りに上井君から聞いたよ」


 3人で帰りながら、アタシと大村君のことを話してたんだね。上井君はやっぱり、アタシが大村君の告白を受諾する話を聞いてたのね。


「ところでさ、チカちゃんはいつから大村君のことを好きになったの?」


「え?」


 神戸はよく考えたが、大村のこういう所が好き、こんな性格が好き、というのがすぐに思い付かなかった。

 今は熱心に口説いてきた大村の熱意に負けて、また上井への未練を吹っ切るために付き合うことをOKした状態としか言えなかった。


「そ、そうね…。今はアタシの好きより、大村君の熱意が上回ってるかな…。だから大村君は、クラスでも部活でも、あまり他の男子と喋ってないんだ。いつもアタシに話し掛けてくるから」


「そうなんじゃね、受身的な感じ?じゃあこれから大村君のどこを好きになるかは、まだ分かんない…って感じ?」


「…そうかも、ね」


 2人は改札を出て、しばらく歩きながら話した。2人は途中までは帰り道が一緒だった。


「でもさ、去年中学で上井君と付き合い始めた時とは、ちょっと違うよね」


 松下は、変化球を投げてきた。


「ん?というと?」


「だってさ、林間学校の班がそのまま続いててさ。チカちゃんが上井君の横に座りたいって言って、アタシと席の交換したじゃん。それでも上井君は鈍感なのか照れてるのか、チカちゃんの気持ちに反応しなくてさ。シビレを切らした感じで、チカちゃんから上井君に迫ってたじゃない?」


「うん…。そうだったね」


「今回は逆というか、付き合うキッカケが大村君からの熱意に負けた、って感じでしょ。まあ女子としては何度も熱心に口説いてくれる男子って、嬉しいのは嬉しいけど、チカちゃんとしては、まだ本気モードになってないのかな、なんて思ってね」


「うーん…」


 結局昔からの友達が、一番客観的に見てくれているのかもしれない。

 大村のどこが好きなのか?と問われ、即答できなかったことが、まだ大村と付き合ったとはいえ、大村のことをよく分かってないことの証明だろう。

 逆に上井のどこが好きだったか?と聞かれたら、優しいところだとか、リーダーシップとか、いくつかすぐ思いつくのに…。



「じゃあまたね」


 それぞれの自宅への道は途中で分かれているので、そこで2人は別れた。


「ただいま~」


「おかえり。今日はちょっと遅かったね」


 神戸の母が千賀子を出迎えて言った。


「うん、まあ、色々あって…」


「なんか複雑な表情してるわね。お母さんに話せること?」


「…その内、話すね」


「じゃあ疲れもあるだろうし、先にお風呂入っちゃいなさい。久美子も健太も、お姉ちゃんより先に風呂には入れないって、待ってるし」


「分かったわ」


 千賀子は着替えを持って、そのまま風呂場へ行った。


 身体を洗ってから浴槽に浸かり、今日一日を回顧してみる。


(この決断で良かったのかな。大村君の前では、上井君なんかもう過去の人って言い切っちゃったけど、あの言葉が上井君の耳に入るのは…嫌だな…。大村君が上井君にわざわざ言うとは思わないけど…)


 神戸千賀子の目から、一筋の涙が流れ落ちた。


 <次回へ続く>


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