第23話 -順調な元カノ-

 文化祭一週間前の部活は、途中から合奏になり、合奏の時には沖村先輩と、末田、伊東の同期2人も合流し、最後はサックスメンバーが全員揃った。


「伊東君、どっか行ってたん?」


 前田先輩が伊東に聞いたら、楽譜を家に忘れたから取りに戻っていた、とのことだったが…まあ合奏に出て来てくれているのだから深く聞かないでも良いだろう。


 末田はクラスが合唱コンクールに向けて団結しているらしく、抜けられなかったとのことだった。


(俺のクラス、一度練習しただけだよな…。大丈夫なんかな)


 沖村先輩の場合は、クラスで計画しているイベントの準備と合唱コンクールの練習だそうで、それを途中で抜けて合奏に来たとのことだった。


 部活後のミーティングでそんな話を聞くと、自分の1年7組は大丈夫なのかと、やはり不安になる。昼間に末永先生に合唱コンクールについて聞いておけば良かったなぁ。


 ミーティング後、村山はトランペットパートで役割分担の見直しの話し合いがあるとのことで、俺と松下、伊野という3人で帰ることになった。

 ちなみにトランペットは村山の他、パートリーダーの高橋美由紀先輩、他校卒業の経験者、大上真人、他校卒業の初心者、岩田靖子の4人で構成されていて、傍から見ていてもなかなか大変そうなパートになっていた。


「チカちゃんのこと、待ってみる?」


 と下駄箱で松下さんが一応…という感じで聞いてきたが、俺より先に伊野さんが


「上井君はそんなことしたくないでしょ?先に帰ろうよ」


 と言ってくれた。


 なんて俺の気持ちを分かってくれるんだ、伊野さんは…。

 このやり取りで、また俺の中の伊野さんへの好意がアップした。


「じゃ、3人で帰ろうよ」


 と俺が切り出し、珍しいメンバーで下校することになった。


 しばらくは誰かが話題を切り出すかな?とお互い牽制しているような感じだったが、こんな時はやっぱり男がリードしなくては…。


「あ、あのさ…。一応ご報告まで…」


「え?何々?上井君に良いことがあったの?」


 伊野さんは例によって、少し首を傾げて俺の顔を見て尋ねてくれる。このポーズにやられっぱなしなんだよなぁ。


「それがあんまり良いことじゃなくてね」


 女子2人の前だからこそ、そんなにヒートアップせずに喋れるのかなと思った。


「実はさ、大村と神戸…さん、今日から正式にカップルになったよ」


 俺は淡々と事実を告げた。

 だが女子2人からは、すぐの反応はなかった。

 恐る恐る2人の表情を見ると、唖然というか、困惑というか…という表情で、俺に対してどういう言葉を掛ければ良いのか迷っているようでもあった。


 しばらく沈黙が続いたが、松下さんが初めに喋ってくれた。


「上井君は、なんで2人が今日カップルになったって分かったの?」


「隠さずに言えば、告白現場を偶々見たから、だよ」


「またなの?」


「え?また…って?」


「上井君、チカちゃんが真崎君にバレンタインのチョコを上げた現場も見てるんでしょ?」


「あっ、なるほどね。本当だ、『また』になるね」


 俺は苦笑いした。というか、苦笑いしか出来なかった。


 次は伊野さんが喋った。


「でも、なんで告白の現場なんて見れたの?」


「あの2人はコッソリとやってたつもりだろうけど、音楽室に来る前に、屋上に続く階段があるじゃん?」


「あ、そうだね。いつもドアは閉まってるけど」


「その踊り場から声が聞こえたんよ。で、誰がこんな所で話しとるん?と思って、ちょっと立ち聞きしちゃったんよね」


「そしたら、大村君とチカちゃんだったって訳ね」


 最後は松下さんが締めた。


「まあさ、こうなるのは時間の問題だったから…」


「アタシは…なんか許せないな」


 そう言ったのは意外にも伊野さんだった。


「サオちゃん、どうしてそう思うの?」


「だって、神戸さんは上井君を結構傷付けてきたでしょ?偶然もあるかもしれないけど。なのに、上井君が誘って吹奏楽部に入った大村君と、いくらしつこく言い寄られたって、こんなにあっさり付き合うものなの?人としてどうなの?」


 松下さんは黙っていた。


「まあ…真崎とゴールデンウィーク前に別れてたらしいから、順番は問題ないんだよね。俺の後に2週間の空きがあって、真崎の後に1ヶ月と少々の空きがあるから」


 俺は自分自身を納得させる意味も込めて、そう言った。


「でもそれは上井君の気持ちを抜きにした順番じゃない?アタシ達って人間なんだから、順番としては被ったりしてないから大丈夫でも、上井君の気持ちは大丈夫じゃないって、アタシは思うよ?今も上井君は気持ちを押さえて話してくれてるんだと思うし」


 伊野さんがこんなに熱くこの問題について関わってくれるのは、意外でもあったが、嬉しかった。


「でもアタシは…仕方ないのかなって思う」


 松下さんが慎重にそう言った。


「ユンちゃんはどうしてそう思うの?」


「アタシは7組じゃないけぇ、クラスでのチカちゃんと大村君がどんな感じなのかは分かんないけど、少なくとも音楽室で見る大村君って、凄いチカちゃんに一途じゃない?」


「まあ、そうよね」


「それだけ熱心に口説かれたら、女の子は断れないよ」


「そうかぁ。それもあるよね…」


 女子2人の観察は、それぞれのこれまでの立ち位置もあり、微妙に異なっていたが、俺のために一生懸命考えを巡らせてくれたことは、感謝に耐えない。


「2人とも、ありがとう。正直言えば、神戸…さんが今回付き合った相手が大村じゃなきゃ、俺はこんなに又も悩んだりイライラしないで済んだと思うんよね。俺の気持ちは、なんで寄りによって大村なんだ!に尽きるよ」


「上井君、頑張ってね?なんならアタシもクラリネットの練習の時、神戸さんとは話さないようにしようか?」


 伊野さんが意表を突いたことを言ってくれた。その素朴な提案が嬉しかった。


「伊野さん、ありがとう。でも、そこまではいいよ。クラリネットの練習では普通にしててよ」


 そう喋っている内に、3人は宮島口駅に着いた。


「ゴメンね、俺のせいで深刻な帰り道になっちゃって。何か話題を変えようか?」


「じゃあ、タコ焼き奢って〜」


 松下さんがそう言った。


「うん、それぐらいいくらでも。伊野さんは?」


「うーん、アタシはユンちゃんのを少しもらおうかな?お家に帰って夕飯が食べれないと困るし」


「分かったよ〜。じゃあLサイズのセット1つ買おうかな。スイマセーン!」


 俺達3人は、宮島口駅の待合室で出来たてのたこ焼きを分け合って食べつつ、文化祭の話をしたりして列車を待った。


 そのすぐ近くに、大村と神戸がいたのも気付かずに。


 <次回へ続く>

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