第22話 -元カノ三人目の彼氏-

 俺は音楽室に入る前に、屋上へ通じる階段から聞こえる大村と神戸の話し合いを、2人から見えない位置に潜み、聞き耳を立てていた。


『で、今朝の話の続きだけど…』


 大村から切り出しているようだ。


『うん…』


『神戸さんとしては、OKしてくれた、そう思っていいんだよね?』


 しばらく間が開いたが、


『アタシは…OKだよ。付き合おう、大村君』


 という神戸の声が聞こえた。


 確定だ。


 同時に、伊野沙織を好きになりつつあることで収まっていた、神戸に対する鬱屈した怒りが今朝に続いて再び湧き上がるのを、俺は押さえられなかった。


(なんだ、あれは?神戸は真崎と別れて、結局次は大村か?俺がフェリーのデッキで必死に絞り出した一言は、全然アイツらに届いて無かったってことか?)


 怒りと悔しさを堪えながら2人の様子を見ていると、楽しそうに喋りながら音楽室に向かって階段を降りようとしている。俺は慌てて音楽室へと走り込んだ。


 これは、神戸にとって俺はもはやどうでもいい存在になったことの証だろう。

 俺をフッてすぐ次の真崎に乗り換え、真崎ともGW明けにすぐに別れて、次の次の大村に乗り換えたんだ。


 とはいえ、来週文化祭だというのに、個人的な怒りを部活に持ち込んでる場合ではない。


 今日は土曜日なので、最初はパート練習、後半で合奏という予定になっていたので、何とかパート練の内に心を落ち着かせたかった。

 サックスは今日は地学室がパート練の場所に当てられていたので、バリサクを楽器庫から引っ張り出し、地学室へと向かった。


「上井君、遅いよ~。サックス、アタシ1人だったんだから」


 ちょっと頬を膨らませて拗ね気味の前田先輩が1人だけ、地学室にいた。メトロノームの音だけがコチコチと響いている。

 頬を膨らませて拗ね気味だが、心底怒っている訳ではなく、俺が来てちょっと安心した風な前田先輩の表情を見ると、俺も少し気持ちが落ち着いた。


「すいません、前田先輩。ちょっと担任の先生に個別に呼ばれてたもんで…。でも沖村先輩はともかく、末田さんや伊東もサボってるんですかね?」


「もしかしたら末田はクラスで合唱コンクールの練習とかしてるのかもしれないけど、伊東君と上井君は同じクラスだよね?」


「ですね。ちょっと遅れて昼の弁当食べてた時には、もう教室は誰もいなかったしなぁ。」


「そうなの?まあもしかしたらなんか急用でも出来たのかな。ところで上井君、表情が険しいけど、先生になんか疑いを掛けられて潔白なのに怒られたとか?」


「…むしろその方がいいかも、ですよ」


 前田先輩は不思議な表情をした。


「実は…前田先輩に前に話したことがある…」


「あっ!上井君の元カノ?」


「なんて勘が鋭いんですか!当たりです」


「だってアタシだって女子高生だもん。恋愛関係は興味津々よ?でもなんでその件と担任の先生からの呼び出しがリンクするの?」


 俺は苦笑いしながら、もう全て明らかにしますと言って、今までは伏せていた神戸千賀子の名前もオープンにし、今日起きたことを、俺の独断も交じってますが…と前置きを置いてから、一気に喋った。


「上井君…。それって実話なの?」


 前田先輩は唖然とした表情で聞いてきた。


「実話も実話、今日俺が見聞きしたことです」


「じゃあ、上井君にとっての敵が、1人から2人に増えたって訳だ…。辛いね」


「アタシも後で、ホルンの織田さんや寺田さんに聞いてみるけど、大村君ってそんなに情熱的だったんだ。女としては、そんなに熱心に口説かれると、嬉しいかも❤」


 前田先輩はちょっと恋する乙女の顔になっていた。


「ま、まあ、俺の事を抜きにしたら、一目惚れした女の子を熱心に口説き落とした男の子の物語…になりますけどねぇ。でも俺としては…」


「ごめん、ごめん。アタシは上井君の味方にならなきゃいけないんだった。上井君、これから吹奏楽部で活動しにくいってこと、ない?」


「いや、あの2人を無視してればいいだけですから、大丈夫です。せっかく西廿日高のバリサクを吹けるチャンスを手に入れたんですし、他校から来た同期とも話せるようになってきたのに、俺が萎縮したらヤツラの思う壺ですよ。逆に頑張りますよ!」


「お、頼もしいね♪アタシが応援しとるけぇ、頑張ってね」


「ありがとうございます!」


 前田先輩も綺麗なんだよなぁ…。でも彼氏の有無は前に聞いたらはぐらかされたけど、いないはずが無いよな。俺は伊野さんと仲良くなるんだ!


<次回へ続く>




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