第20話 -乱気流2-

 文化祭の本番までジャスト1週間前の土曜日、朝練に出る時も、俺はウキウキしていた。


(もしかしたら朝、伊野さんに会えるかな?)


 残念ながらこの日は俺が早すぎたのか玖波駅では会えなかったが、それでも心は乱れなかった。


 音楽室に入ると、1年生よりも2年生の先輩達の方が多く朝練に参加していた。


「上井君、早いね!」


 と声を掛けてくれたのは、おニャン子クラブの国生さゆりに似ていると個人的に思っている、ホルンの織田先輩だった。


「あ、織田先輩、おはようございます。って、先輩、俺より早いじゃないですか~」


「えー、アタシは家が近いから、その気になれば早く来れるのよ。普段はその気がなかなか起きなくってね~」


 と織田先輩は苦笑いしながら、曲練を再開した。


 1年生では、同じくホルンの広田史子さんが珍しく…と言ったら失礼だが、やはり早くから朝練に参加していた。


「広田さんも早いね!」


「あ、上井君、おはよー」


「結構早起きしたんじゃない?なんかホルンの集まりが早いよね」


「ううん、特に声掛け合ったわけじゃないけどね。ただアタシも織田先輩に負けず劣らず、家が近いのよ」


「家が近いっていいよね。俺、電車通学にも憧れてこの西廿日高校にしたんじゃけど、遠くて辛いのがやっと分かったよ」


「そうなんだ。アタシはね、家から高校まで、歩いて2分なのよ」


「えーっ、マジで?」


「うん。だから西廿日高校にしたんよ。上井君とは真逆じゃね」


「そうなんじゃ…。俺は片道1時間弱じゃけぇ、雲泥の差やね」


「わ、そしたら逆にこの時間に着くには、相当早起きせんにゃあダメなんじゃない?」


 今は7時20分だった。


「そうだね、今朝は6時起きかな…。でも幸か不幸か俺の部屋って、東向きなんよ。今からの季節は朝寝したくても嫌でも目が覚めるんよね」


「アハハッ、それは休みの日だと辛いね」


 高校に入って2ヶ月、やっと同じ1年の他校卒業生や、他のパートの先輩とも話せるようになってきた。


 他校卒業生で一番俺とウマが合ったのが…


「よぉ、ウワイモ。今朝は早いのぉ」


 と言って、いつも脇腹を突いてくる、俺とは自宅が真反対の、山中悟志だ。

 中学の時はチューバを吹いていたそうだが、高校ではトロンボーンにコンバートしていた。


「イモは余計じゃっつーの」


「そうだったか?まあいいや。今朝はなんでこんなに早いん?」


 山中も自宅が割と近いのと、俺と同じく吹奏楽部の楽器が新しいんじゃないかという理由で、この西廿日高校を選んだ、と言っていた。


「なんとなく早起きしちゃって」


「ジジイかよ!まあ、朝練に早く来るのはええことじゃ。これからも努力するように」


「ありがとうございます…って、なんで俺がお前の言葉に有り難がらなきゃいけんのじゃ」


 と軽口を叩き合っているが、最初俺に声を掛けてくれたのは、山中からだった。

 今では何でも言い合える友人関係になり、山中のお陰で同期の他校卒業生とも男女問わずに話せるようになっていったので、恩人でもある。


 俺の中3時代の話を、サックスの前田先輩の次に、他校卒業生に打ち明けた相手も、山中だった。


 その時山中はジッと俺の話を聞いてくれ、最後は目を潤ませながら、お前が一番偉い、と肩を叩いて慰めてくれ、いつでも味方になってやるから、と言ってくれた。


 ただ俺と決定的に違う点は、山中はモテ男ということだった。


 江田島合宿では早速同じクラスの女子に告白され、部活後にその彼女と待ち合わせて一緒に帰っていく姿を何回か目撃したことがある。


 羨ましい限りだが、何とか俺も追い付きたい…。



 結局その日の朝練で、サックスで参加したのは俺だけだった。2年生は放課後に文化祭のクラスの準備があったりする関係上、朝練に出てきているのだろう。だからいつもより多く、2年生を見掛けた訳だ。ただ沖村先輩と前田先輩には会えなかった。


 また残念ながら伊野さんも朝練には出てこなかったが、義務ではないし、もしかしたら週末で疲れがたまっているのかもしれない。


『また2人の時もお話ししようね』


 という、昨日の伊野さんの帰り際の一言が、今の俺を支えていると言っても過言ではない。


 そんなのは表情にも出るのか、クラスでは同じ中学出身の本橋君に、


「上井君、なんかええことでもあったん?」


 と聞かれるほどだった。


「いや、特に…」


 と誤魔化しておいたが、伊野さんの存在が俺の中でかなりの部分を占めていることの証明かもしれない。


 だから大村と神戸が話をしていようが気にならない。


 …気にならないのだが…


 …なんで朝礼の時間になったというのに、音楽室から戻ってないんだ?


「みんな、おはよ~」


 末永先生がやって来て朝礼が始まり、出欠を確認している。


「えーっと、男子は大村君、女子は神戸さんの2人が欠席かな?学校に連絡はなかったけど、誰か知ってる?」


 みんなが互いに互いの顔を見合わせては、知らんよな、とザワザワしている。


 俺は奴らが朝練で音楽室に来ていたのを見ているから、手を挙げた。


「あ、上井君、何か知ってる?」


「あの2人、今朝音楽室で、吹奏楽の朝練には来てました。登校はしてるはずです」


「そっかー。まさか2人で愛の逃避行してんのかなっ」


 教室が笑いに包まれた。


 そこへ丁度2人が、駆け付けるように教室に入ってきた。


 口さがないクラスメイトはヒューヒューとか言って囃し立てていたが、末永先生がどうして遅れたの?と聞いたら、大村が


「神戸さんの楽器が壊れそうだったので、俺が治してました」


 と答えた。


「そうなの?それじゃ仕方ないわね。でも1時間目には間に合ってよかったね」


「はい、すいません」


 と言って2人はそれぞれの席に座り、周囲の生徒から茶化されていたが、俺は瞬間的に嘘だ、と思った。


 なんで今年吹奏楽を始めたばっかりの人間が、複雑なクラリネットが壊れたといって、治せるんだ。


 嘘を付くならもっと真面目な嘘を付けよ。


 寄りによって神聖な楽器を、何してたんだか分かんない遅刻の言い訳に使うなよ。


 俺は瞬間湯沸かし器の如くあっという間に怒りに火が着いた。


(この2人、合宿での告白の返事でもしあってたんだろ。ざけんなよ。俺がフェリーで必死に絞り出した一言は、全然アイツらに届いて無かったのか?)


 これは、神戸にとって俺はもはやどうでもいい存在になったことの証だろう。

 俺をフッてすぐ次の真崎に乗り換え、真崎ともGW明けに別れて、次の次の大村に乗り換えたんだ。


 俺はこんな尻軽女を、中3の時、一途に思っていたのか?


 絶対に許さない。


 <次回へ続く>

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