第17話 -過去-

 神戸千賀子が通学の時に使っている駅は、宮島口駅から3つ目、村山や松下と同じ大竹駅だった。


 帰りの電車の中で上井のことを考え、不意に涙が溢れていたので、駅で列車から降りても、しばらくは駅から出れず、ハンカチで涙を拭いながらホームのベンチに座って、心を落ち着かせようとしていた。


 すると夕方のラッシュアワーだからか、すぐに次の列車が到着した。


 その列車から降りてきたのは、村山と松下だった。


「あれ!?神戸さんやん。どしたん?」


 神戸は、この2人が次の列車で来てくれないか…と待っていた部分もあった。


「村山君、弓ちゃん、お疲れ様。この列車に乗ってたんだね」


「うん。上井君やサオリちゃんと一緒に宮島口でたこ焼き食べとったんじゃけど、もしかしたらアタシや村山君のこと、待っててくれたとか?それはないか、どの列車に乗ってるとか分かんないもんね」


 と松下弓子が言ったが、神戸は


「ううん。もし会えたら…と思って待ってたのもあるんだ」


「え?そうなん?まあ、ウチや村山君は、チカちゃんとは話せるから…。何かあったんなら、聴くよ?ね、村山君」


「あ、ああ」


 村山はちょっと前に、大村から告白されたが上井のことが忘れられないという神戸の悩みを聞いていただけに、一歩引いた立場で話に参加するか…と思った。


 しばらく大竹駅のホームで沈黙が続いたが、先に沈黙を破ったのは村山だった。


「…昨日、伊野さんが言った言葉がショックだったんじゃない?」


「…ショックというかね、何でアタシは上井君と別れたんだろうって…」


 村山は神戸のこの迷いについては、一時的な気の迷いみたいなものがあった、というのを神戸から聞いているが、松下はどういう反応をするのか、みてみたかった。


「アタシはね…。2人には別れてほしくなかったな」


「えっ…。弓ちゃんはそう思った?」


「うん。だって多分じゃけど、2人が近付いたのって、去年の夏の林間学校じゃろ?アタシのスニーカーが流されちゃって、それを見た上井君がアタシに一日中スニーカーを貸してくれた、あの日」


「うっ、うん…」


 村山は初めて聞いたエピソードのようで、へぇーという顔をしていた。


「アタシだってあの日、上井君ってなんて優しいの…って、見る目が変わって一目惚れしちゃったんだから」


「じゃあもしかして、アタシが班の席変わって…って弓ちゃんに頼んだ時…」


 2人が話している去年の中3の林間学校の時の班は、1学期終了まで継続したのだが、上井と神戸の席は同じ班の中でも離れていた。

 上井の隣であり、班単位で机を固めた時に上井の真向かいの席になっていたのは、松下弓子だったのだ。


「アタシは、ここまで積極的にチカちゃんが言うなら…って、上井君への気持ちを1週間?で封印したんだ。その代わり、チカちゃん、頑張れ!って思ったんよ。上井君と絶対上手くいくんだよって…」


「そうだったのね…」


 神戸は収まっていた涙が再び溢れてきた。


「ごめんね、チカちゃんを泣かすつもりで言ったんじゃないけぇ。ただ2月に入ってからさ、突然上井君が毎日死んだような状態になった時があったじゃない?」


「うっ、うん…」


「逆にチカちゃんはイキイキとしとったけぇ、あー、これはチカちゃんが何かの事情で上井君をフッたんだな、と気付いたの。でも2人に直接聞くのも野暮だし、理由は聞かなかったけどね。でもまさか上井君の次に真崎君に行くとは思わんかったけどさ」


 村山がここで話してきた。


「松下さんが、真崎と神戸さんが付き合いよるって知ったのはいつ?」


「え?卒業式よ」


「それまでは知らんかったんじゃね」


「うん。まあ真崎君もあんな性格じゃけぇ、クラスの中ではイチャイチャとかせんかったんじゃろうし、上井君に悪いって思う一面もあったんじゃないん?分かんないけどさ」


「アタシはね…」


 神戸が感情を抑えて言った。


「卒業式では、上井君が男子で固まって座ってるのを見掛けたから、もしアタシに未練を持ってるなら断ち切ってほしい…って思って、ワザと上井君の視界に入るように真崎君と腕組んだり、写真撮ったりしてたの…。最低だよね」


「チカちゃん、それは良くないわー。思いを断ち切らせるより、傷口に塩を塗り込むというか、落ち込んだ状態から更に落ちろっていうようなものよ」


「うん…。これは真崎君にもその時言われて、すぐ止めたんだけど…」


「だけどさ!」


 村山が再び喋った。


「高校で吹奏楽部はまだしも、同じクラスになるとは思わんかったじゃろ?」


「それはもちろん。8クラスあるのに、なんて上井君と同じクラスなの?って思った。最初はアイウエオ順で男子女子男子女子って並んでるじゃない?だから上井君がすぐ右斜め前にいて…。でも絶対にアタシとは目を合わさないように徹底してるの。プリントとか配る時も、上井君が後ろを向くときは、アタシの方じゃなくて廊下の方から後ろへ回してたし」


「まあそれはアイツが逆に神戸さんを意識してることの裏返しだよなー。で結局、クラスでは一言くらいは喋れたん?」


「全然…。アタシが上井君にしてきたことを考えたら仕方ないと思うけど、最近悩みの種がもう一つ出てきてね」


「大村じゃろ?」


「そうなの」


 村山と神戸の会話から、松下は確認するように話しだした。


「チカちゃん、大村君って吹奏楽部の大村君だよね」


「そう。ホルンの大村君。彼がまた、アタシや上井君と同じクラスなの」


「へぇ…」


「で、大村君が吹奏楽部に入ったのは、上井君が勧誘したからなんだけど、大村君は同じクラスになった時、アタシの真横だったのね。その時から色々と話し掛けてきてて、多分上井君が吹奏楽部に誘った時は渡りに船みたいな感じだったのかもしれない。クラスでも同じ男子の上井君とかに聞けばいいような吹奏楽の基本的なこととか、わざわざアタシに聞いてくるし。そしてね、この前の江田島合宿の2日目の夜に、ついに告白されたんだ…」


 <次回へ続く>

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