第16話 -遂に-

 合奏とミーティングを終え、帰宅の時間になった。


 俺や村山はいつもと同じく、中学5人組で帰ろうとしていたものの、神戸千賀子は何時まで待っても下駄箱に現れなかった。


「もう帰ろうや、遅くなるし暗くなるし」


 村山が言い出してくれた。そうだね、と2人の女子も賛同したので、4人で帰ることになった。


 まず口火を切ったのは、伊野沙織だった。


「上井君、昨日は本当にごめんね」


「ううん、本当にもう気にしないでいいよ。今日はその当事者がいないし、ハハッ」


「だから今日は、オープンに何でも話せるな。じゃあこの場を借りて一つ、報告しとくよ」


 村山がそう言いながら持ち出したネタは、衝撃的だった。


「ウチの親が神戸の親とツーカーじゃけぇ、こんな話も分かるんじゃけど、まず神戸は真崎のヨウちゃんとは、GW明けに別れとるのが分かったよ」


 はあっ?


「元々、神戸と真崎のカップルってのは、無理があったんよ。そう思わん?真崎のヨウちゃんも中学の時は押さえてたけど、高校行ったら先輩らの影響で完全にヤンキーに逆戻りしちゃって、俺が見掛けた時はいつもタバコ吸いよったし。だから神戸の親も、そんな男とは別れろって怒ったらしいし、神戸自身も上井と別れる為に真崎に逃げたようなもんだし、長く続く訳なかったんよね」


 肝心の当事者である俺はしばらく唖然として言葉を失った状態だったが、しばらくみんなも押し黙っていた。

 だが、最初に口火を切ったのは、意外にも伊野沙織だった。


「それって上井君が可哀想じゃない?昨日、ユミちゃんにも教えてもらったし、村山君にもちょっと聞いたけど、上井君のことをフルために神戸ちゃんは真崎君に逃げて、目的果たしたからGW明けにバイバイしたってことでしょ?」


「まあ…形的にはそんな感じにみえちゃうよね」


 村山はポツリと言った。


 じゃあ、江田島の合宿の時点で、神戸は真崎とはもう別れていたってことか。

 神戸はその気になれば、大村が告白したなら受け入れて、カップル成立になっても良かった訳だ。


 それでも帰りのフェリーのデッキで、大村が俺の心中を確認しに来たのは…。


 大村が合宿中に神戸に告白したものの、告白を受け入れる以前に、俺に対してスッキリした思いを持っていない、何らかの未練を持っている、ということになる。


 だから大村は合宿帰りのフェリーで、俺の現状を尋ねてきたわけだ。 


 その辺りの追及を避けるために、昨日の伊野さんの突然の質問の件もあるから、神戸は今日はみんなと帰るのを避け、部活後にとっとと先に帰ったか、どこかで時間潰しでもしているのではないか。


「まっ、まあ、俺は吹っ切れてるしさ。もう神戸…さんのことをどうだこうだ言うのは止めようや。俺は高校でニュー上井として、新しい彼女を探すから。みんな、明るくいこうよ!」


 真崎と別れていたのは村山から今初めて聞いたので、動揺していないと言ったら嘘になるが、俺は暗くなった帰り道を明るくしようと、カラ元気で喋った。


「うん。上井君が素敵な彼女を見付けられるよう、応援してるからね!」


 と伊野沙織が言ってくれたが、俺は今は貴女に一条の光を見付けているんだよと、心の中で強く思った。


 やっと4人でワイワイ言いながら、楽しく帰れる雰囲気になってきた。ずっとこんな雰囲気を保ちたい…。


 その4人をちょっと遠くから見つめている2人組がいた。



 大村と神戸の2人だった。



「あいつら、まさか神戸さんの悪口言ってるんじゃない?」


 大村は少し怒り気味に、神戸に問い掛けた。


「アタシは…上井君からなら、悪く言われても仕方ないよ。だって高校受験直前にフッて、すぐに同じクラスの別の男子に告白して…。アタシ、卒業式の日はわざと上井君の前で当て付けるように、新しい彼とイチャイチャしてたのよ」


 神戸は俯きながら思いの丈を吐き出すように、一気にいった。


「当て付け?そ、そうなんだ…。そこまでは知らなかったよ」


「その新しい彼も別の高校に進学したから別々になっちゃって。そしたら先輩のせいで怖いくらいの不良になっちゃったから、GW明けに別れることになったんだけど…それは江田島で言ったよね」


「ああ、それはね。聞いたよ」


「上井君とはアタシがフッてから約半年お話出来てないから、アタシの現状いまを知らないはずなの。だからアタシはまだ前の彼と付き合ってると思ってるはずなのね。だから大村君に合宿中に告白されて、それはそれで嬉しかったんだけど、すぐに大村君と付き合うのは…。実際はアタシは今フリーだし、順番的には大丈夫でも、上井君にしてみたら、自分をフッて付き合った彼をもう捨てて、すぐにまた次の男子、しかも上井君が吹奏楽部に誘った大村君と付き合ってる、って見えるはず。軽い女って思われちゃう。今でさえ避けられてるのに、これ以上上井君との溝を深くしたくない…それは…嫌なの」


「プライド…だね、神戸さんの。だから上井の今の気持ちを聞いてみて、ってのがあの日の俺への答えだったんだね」


 2人は神妙に話していた。その内、別の道にでも行ったのか、先行する4人の姿が見えなくなった。


「だから、本当は上井君と一度お話ししたいんだ。アタシのこれまでの気持ちとか全部話して、出来たら上井君と仲直り…は無理でも、気持ちをスッキリさせてから、大村君と付き合いたいの。やっぱりみんなの前では堂々としたいし。でも上井君は、フェリーではよく分かんない返事だったんでしょ?」


「うん。好きな女の子はいないけど、忘れられない子、手を出してほしくない子が1人いるって。それってきっと、神戸さんのことだよね」


「上井君もアタシのことを無視してるけど、意識はしてるんだね…」


「まあ、俺は何時まででも待ってるから」


「ごめんね。じゃあ、またね」


 大村の家は本来は反対方向なので、宮島口駅へ向かう道の途中で2人は別れ、神戸は再び遥か前方に見えた4人の後ろをゆっくりと歩き始めた。


(アタシだって、本当はみんなと一緒に帰りたいよ…。どうしたら上井君と喋れるのかな…)


 何を話しているかは分からないが、時々遠くの4人の笑い声が聞こえてくる。


(上井君のことだから、絶対彼からは冠婚葬祭とかの特別な事情とかが無ければ、アタシには話し掛けてはくれないわ…)


 と思ったが、これがなかなか思い付かない。上井をフッた後、同じクラスの真崎と付き合い、卒業式の日にわざと上井の前でイチャついたことで上井の態度が硬化していくのは、嫌でも分かった。

 その後受験の日や、入学式の日、部活、合宿等で偶然数回目が合ったものの、その都度、


『絶対お前なんか許さない』


 とばかりに一瞥した後、すぐに目を逸らす上井の壁は高いと、神戸自身思っていた。真崎と別れたことも伝わってないだろうし。


 そんな状態の上井が、新たに神戸と大村が付き合ったと知ったら、もう神戸は一生上井と喋れないかもしれない。しかも更に憎まれながらだ。


(合宿で大村君の告白、断れば良かったのかな…。なんで付き合ってもいいけど、その前に上井君の気持ちを知りたい、なんて言ったんだろ)


 悩みながらゆっくり歩いていたが、宮島口駅にはその内に着いてしまった。


 先に歩いていた4人は、宮島口駅構内に新しく出来たたこ焼き屋でたこ焼きとジュースを買って、待合室で楽しそうに喋りながらたこ焼きを食べていた。


 神戸は逆に彼らの視線に入らないようにしつつ、先に改札を抜け、ホームに入った。

 丁度岩国方面の列車が来たが、4人はたこ焼きを食べているからか、1本列車を遅らせるようだ。


 神戸は少しホッとしつつ先に列車に乗り、運よく空いた座席に座って景色を眺めつつ思った。


(いっそ、上井君をフラなきゃ良かった…。なんでフッたりしたんだろ。3学期に入って上手く喋れなくなって、誕生日プレゼントに付いてた手紙に頭に来て…。って、今考えたら大したことじゃないじゃん。アタシの誕生日を覚えててくれただけでも本当は嬉しいはずなのに…)


 神戸は車窓の夕日に照らされた瀬戸内海と宮島を眺めながら、中学3年の3学期に遡って、自分の行動の是非を考えていた。


(上井君の性格だから、3学期みたいな状況になったら、彼からアタシに話しかけるのは、照れて恥ずかしがって難しくなるのは分かってることじゃない。だったらアタシから話しかければいいだけなのに。アタシから何かアクションを起こせば良かっただけなのに。そうやって乗り越えて来たのに。何で3学期だけ、それをしなかったんだろう…)


 大村に告白されて嬉しいはずが、却って神戸は過去に遡って悩み始めてしまった。


(上井君をフッたりしなかったら、今でも一緒に登下校したり、クラスや部活でも会話したり、時々何かが起きて悩んだりしただろうけど、それでも楽しい高校生活だっただろうな。時間が戻せたら…。この高校だって、上井君と一緒に、同じ高校に行こうねって言って決めたのに…)


 神戸は上井をフッたことを後悔し、列車の中で涙が溢れてきた。


 <次回へ続く>

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