第15話 -独白-

 文化祭まで残り1週間だというのに、吹奏楽部の合奏の集まりが悪い。

 一番集合率が良いのは1年生だった。


 顧問の福崎先生も、もう少し人が集まらんと合奏できんな…と言い、もう少し集まったらまた再開しようと須藤部長に言い、一旦合奏体系を崩してパート練習に切り替わった。


 俺のサックスも、又もや前田先輩と俺の2人だけだった。パート練習は、今日も視聴覚室だと言われたが、2人しかいないのでつい喋ってしまう。


「先輩、去年の文化祭も、直前はこんな感じでしたか?」


「そうね~。アタシも去年は初めてだったからビックリしたけど、こんな感じだったよ」


「へぇ…。なんででしょう」


「2年生になると、クラスでイベント開いたり出来るのね。1年生の時は合唱コンクールくらいしかやることないけど。だからイベントに熱を入れてるクラスだと、部活に来るのが遅くなるの。多分沖村のクラスは、イベントに熱を入れてて、合唱コンクールも張り切ってるんじゃないかな?」


「はぁ…。なるほど。でも前田先輩のクラスは?」


「そうね~。やる気のある人とない人で分かれてて、やる気のある人がどんどん準備してるって感じ」


「先輩はどっち派なんですか?」


「どっちでもないかな?ただ吹奏楽のステージはしっかりやりたいから、部活優先にさせてもらってるんだ」


「だから部活に来たら、前田先輩に会えるんですね」


「またー。上井くん、上手なんだから。あっそうそう、今朝なんかルンルンだったのは何だったの?今、誰もいないから、アタシに教えてよ」


「うぅっ。ここでその話題が来ましたか…。あの…絶対秘密でお願いします」


「当たり前じゃん。お姉さんを信じなさい!」


 前田先輩は笑顔で言ってくれた。俺は同じ中学出身の同期生しか知らないこれまでの出来事を、前田先輩に詳しく吹奏楽部で話した。


「俺、この前もちょっと先輩にバラしましたけど、長いこと女性不信だったんです。だけど、やっとそんな女性不信を取り去ってくれるような女の子に出会えたんです」


「へぇ…。女性不信にまでなってたの?上井くんは何をされたのよ、女の子に」


 前田先輩は不思議そうな表情で尋ねてきた。この後輩は何を言い出すんだ?というような表情とでもいえようか。


「…俺、中3の時、女の子と、初めて付き合うことが出来たんです」


「この前も中3の時…って言ってたね。今日は詳しく話してくれるのかな?」


「はい。そのつもりです」


「中3って、去年の話じゃね。うんうん、上井くんに初めて彼女が出来て…」


「それが、同じクラス、同じ吹奏楽部の女の子でして。周りからも何だか喜ばれたりして。だけど、俺が不甲斐なくてオクテで、付き合い方がよう分からんかったんです」


「うん…」


「だから初めての彼女が出来たというのに、何も出来ないまま、今年…なんですね、まだ。中3の1月末に別れを通告されまして…」


「…そっかぁ。でも何も出来なかったとはいっても、その子を好きな気持ちには変わりなかったんでしょ?本当はデートに行ったり、手を繋いでみたりしたかったでしょ?」


「はい、そうです…」


「じゃあ辛いよね、それは」


「もっと辛かったのが、俺がフラれたのが今年の1月末なんですけど、その2週間後のバレンタインに、俺をフッた元カノ…っていうんですかね、その子が同じクラスの別の男子にチョコを上げてるのを偶然見てしまいましてですね…」


 俺はその時の光景を思い出すと、今でも涙が零れそうになる。


「えーっ?上井くん、そんな辛い体験してるの?その頃だと私立の入試で大変だったでしょ?よくそんな辛い状況を乗り切って、ウチの高校に来てくれたね」


「はい。実はその元カノと、この高校に一緒に行こうなんて約束をしてたのもありまして。最後は、元カノが受かって俺が落ちるなんてことがあってたまるか!という意地で勉強してました」


「上井くんの意地だね。ん?ちょっと待って?さっき、その元カノちゃんも、中学では同じ吹奏楽部だった、って言ってたよね。ということは、同じこの高校に進学して、今、同じ吹奏楽部にいるの?」


「正解です、先輩。更に付け加えると、クラスまで同じなんです」


「わぁ!ごめんね、上井くんがそんな辛い過去を背負ってたなんて知らなかったから…。じゃあ今年の1年生の女子の誰かが、上井くんに辛い思いをさせたんだね」


「そうなりますけど…。まあ、それが誰かとは言いませんが、8人いる女子の内、緒方中出身の女子だといえば、自然と先輩も分かっちゃうと思います」


 と俺は、神戸の顔を思い浮かべながら話した。


「うん、分かったよ。アタシもその子が誰かまでは、すぐには探さないでおくね」


「あの…今までの話は、前田先輩だから喋ってるんです。沖村先輩だったら…話さないかな?」


「フフッ、アタシを信頼してくれてありがとう。絶対誰にも言わないから。でも、今朝見た上井君のキラキラした顔は、今までの辛い環境がちょっとでも和らぐことでもあったのかな?」


 俺は伊野さんの首を傾げたりするポーズを思い出していた。


「はい、実は…。もしかしたら上手くいくかな?っていう事が最近ありまして」


「そうなんだ。上手くいけばいいね!応援してるよ、上井くん」


「先輩、ありがとうございます!」


「女心とか、何か分からないことがあったら、何でも相談に乗ってあげるからね」


「マジですか?よし、頑張るぜ!」


 という会話をしていたら、ある程度人数が揃ったらしく須藤先輩が合奏しまーすと、パート練習に飛び散っていた各パートへ声を掛けてきた。


「音楽室に戻ろうか、上井くん」


「はい、先輩」


 俺と前田先輩が音楽室に戻ったら、サックスの他の3人は既に合奏の準備をしていた。


「前田さん、遅くなってごめーん」


「いいよ、いいよ。この時期仕方ないよ。ね、上井くん」


 突如前田先輩がウインクしながら俺に笑顔でそう声を掛けてきた。


「えぇっ?あっ、はいっ!」


「あー、上井!俺の前田先輩に何もしとらんじゃろうのぉ」


 伊東がちょっと冗談めかしてそう言ってきた。


「え?伊東は同じ高校に彼女は作らんのじゃろ?」


「それは同学年限定の話。先輩は別」


「自分勝手やな~」


 笑い声に包まれ、サックスパートは和気藹々としていた。


 そんな中、俺はクラリネットの伊野さんを意識して見た。


 まだ初心者で、文化祭がデビューになる彼女は、真剣に何度も曲の難しいフレーズを練習していた。


(俺も頑張らなくちゃ!)


<次回へ続く>

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