第14話 -光明?-
吹奏楽部からの帰宅時は、最初の4月は俺と村山の2人だけだったが、途中から松下と伊野という同じ中学出身の2人の女子が加わり、更に神戸も加わって、5人で帰宅するようになっていた。
だが俺は神戸とは頑として喋らなかった。
神戸も俺を意識してか、俺が喋っている時は黙っているし、俺も神戸が喋っている時は黙っている。
その内、その不自然さに気が付いたのが、元テニス部の伊野沙織だった。
文化祭も近付いたある日、5人で部活後に帰宅している時、
「ねーねー、なんで上井君と神戸さんは話さんの?どっちかがお喋りしてると、絶対に言葉を挟まないよね」
と、首を傾げながら、何気なく言った。
しかしその場の空気は一瞬にして固まり、誰もその問いに対して答えようとはしなかった。
「あっ、あれ?アタシ、変なこと聞いた?」
「いや~、明日も晴れるとええね!」
村山がでかい声でそう言い、無理やり話題を変えようとしてくれた。
松下弓子は中3の時、俺と神戸と同じクラスだったため、俺と神戸が別れたことは知っていた。
だが伊野沙織は中3の時、他のクラスだった。
その上、吹奏楽部ではなくテニス部だったから、俺と神戸の中学時代の関係については何も知らず、素直に疑問を挟むのは当たり前といえば当たり前なのだ。
「さおりちゃん、その件については、アタシがあとでゆーっくり解説してあげるわ」
松下弓子が更に助け舟を出してくれ、その日は何とか切り抜けた。
しかしその後の時間は、俺も神戸も全く何も喋らなくなり、村山と松下、伊野の3人が会話するのを聞いているだけになってしまった。
事情を知っている村山と松下が、上手く禁断のネタに触れることなく、その場を回してくれていた。
結局その日は家にどうやって帰り着いたのかも覚えていなかった。
何もかもうろ覚えだったが、まだ中3の1月末に神戸千賀子に付けられた傷痕は全然塞がっていないことだけは、ハッキリと自覚した。
もしフラれた傷が少しでも治っていれば、神戸千賀子に対して「そんなことないよね?」とか「たまたまじゃない?」とか、言えたはずだからだ。
それがお互いに何もその場で言葉を発することが出来なくなり、以後そのままになったしまったということは…。
一体この傷はいつ治るんだ?
だが翌日の朝、部活の朝練に出るため玖波駅で列車を待っていたら、伊野沙織が物凄く申し訳なさそうに俺に話し掛けてくれた。
「上井君、昨日はごめんね。アタシ、上井君と神戸さんが付き合ってたこと知らなくて、だから別れたのも知らなくて。あんなこと聞いたら、固まるよね、ごめんね」
と、手を合わせて、一気に本当に申し訳なさそうに謝ってくれるので、
「そんな、伊野さんは知らずに聞いただけなんだから、全然悪くないよ。知ってて聞いたら、確信犯だけどさっ」
と、俺は努めて明るく返した。
「じゃあ、怒ってない?」
伊野沙織は、又も首を傾げながら聞いてきた。女の子ならではの、このスタイルが、俺の心に焼き付く。
「怒る?とんでもない!却って気を使わせちゃって、こっちこそごめんね」
「良かった~。じゃあこれからも一緒に登校したり帰れるよね。ありがとう、上井君」
伊野沙織は、安堵した表情になった。
「ところで伊野さんも玖波駅利用だったんじゃね」
「そうよ。だから玖波駅で上井君のことはよく見掛けてたんだよ」
伊野沙織は、照れた顔で俯きながら、答えてくれた。
その姿を眺めながら、俺は突然キュン💖ときた。
来た来た、俺が忘れていた感覚はこれだ!
やっと俺は前へ進めるんじゃないか?
やっと俺は神戸に付けられた傷から脱却出来るんじゃないか?
こんな可愛い、同じ中学から一緒に進学した、吹奏楽部に入ってくれた女の子がいたことを、ウッカリ忘れていた。
この照れた顔で、俺は瞬間的に伊野沙織さんに一目惚れした。
もう大村と神戸が付き合おうが、勝手にしてくれという気分にまでなっていた。
その日はそのまま伊野さんと2人で登校し、朝練に参加した。
その途中も、これまであまり伊野さんと直接話したりしたことがなかったので、お互いの中学時代の話や、高校でテニス部に入らなかった理由とか、俺の神戸千賀子に対する気持ちとか、とにかく喋り続けた。
音楽室の入り口で、
「じゃあまた後でね」
と伊野沙織は、照れた顔をしながら、夏服を翻し、クラリネットの練習をするために楽器庫に楽器を取りに行った。
俺もウキウキしながらバリトンサックスを出すと、早速前田先輩に突っ込まれた。基本的に朝練には、俺と前田先輩しか来ない。沖村先輩はご家庭の事情で、普段の朝練は出れないそうだ。
「あっ、上井君。なーんかいいことあったの?その顔は…。あっ、もしかしたら隠してたけど、やっぱり江田島の合宿で彼女が出来たんでしょ?」
「先輩、残念でした〜。江田島では、俺は本当に空振りです」
「江田島では…って言い方と、なんか嬉しそうな顔が気になるなぁ。お姉さんにちゃんと白状したら、楽になるわよ?」
「先輩、追求が厳しいですよ〜。事実だけ言います!今、現時点で、俺に彼女はいません」
「変な言い方だね~。余計に気になるじゃない」
と前田先輩の追及が始まりそうな時に、朝の予鈴が鳴った。
「あ、教室に戻らなきゃ、ですね、先輩」
「上井君、放課後…待ってるわ」
前田先輩は、言葉とは裏腹に、楽しそうにそう言った。
朝練の楽器を片付け、教室に戻る時も、いつもなら大村と神戸の接近ぶりに幻滅していたが、今日は全く気にならなかった。
(たった1人の女の子と喋れるようになるだけで、こんなに気持ちが変わるものなんだな♪)
<次回へ続く>
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