第12話 -合宿後-

 江田島での2泊3日の合宿は、本当にあっという間に終わった。


 クラスのレクリエーションも、笹木さんのお陰でなんとかなったし、先輩に脅されていた元自衛官による脅しも特になく、厳しいといわれていたカッター訓練も、担当教官が面白い先生だったので、最後は充実感に溢れるものとなった。


 俺が合宿後に気になっていることは、ただ一つ。


 大村は神戸に告白したのかどうか?だった。


 江田島から宮島口へと向かう帰りのフェリーの中で、俺はデッキに1人で佇み、ボーッと海を眺めていた。


 村山は合宿中に同じクラスの男子と気が合ったのか、ずっとクラスの友達と喋っていた。

 俺はこういう時に不器用で、誰かの輪に入っていくことが出来ない。


 ちなみに俺は結局2晩とも、予想はしていたが誰からも呼び出されることは全くなく、レクリエーションの後は指定された部屋のベッドで、こっそり持ち込んだ推理小説を11時の完全消灯まで読んでいた。


 同室の男子は殆ど出払っていたので、もしかするとみんな告白するかされるか、何かしらあったんだろうけど。


 しかし噂は本当のようで、2晩で沢山のカップルが出来たようだ。

 帰りのフェリーでは、行きの時には見られなかった男子と女子の組み合わせが、多数見受けられた。


 俺は羨ましいな…と思う一方で、どうせ自分なんか誰からも好きになってもらえるわけがないんだから…と自虐的に考えながら、早く家に帰りたいとだけ思いつつ、1人でデッキにいたのだった。


 そんな時だ。不意に背後から声を掛けられた。


「上井、ちょっといい?」


 大村だった。上井は警戒しつつも、なに?と返事をした。


「上井には今、好きな女の子っている?」


 どういう意図でそのように話し掛けてきたのか、大村の心中を探りながら、上井は答えを探していた。


「うーん…。いない。いないけど、1人いる」


 大村は不思議な顔をした。

 当たり前だ。

 自分でも答えが支離滅裂なのは分かっていたが、大村はまるで織り込み済みかのように続けた。


「それって、上井には悪いけど、失恋しちゃった相手だけど、未練が残ってるって考えでもいい?」


 なんでこの男は核心を突いてくるかなぁ。そのまんま神戸千賀子のことじゃないか。


「まあお察しの通りだよ。俺の心の中で、気持ちの整理が付かない女の子が1人いるんだ。勿論、もう失恋してるから俺のことなんか気にせずに思うがままの道を、その子は突き進めばいい。ただ俺の気持ちにいつ整理が付くのかって言ったら、そりゃあ分からない。時間の経過を待つしかないのか、奇跡的に俺に彼女ができるかのどっちかだと思ってる。でも、今の時点では、フラれてるくせに、誰にもその子には触れてほしくないとも思ってる」


 俺の日本語として合っているのかどうか分からないような独白を受け、大村はしばらく考えていたが、


「男と女って、難しいよね。特に俺たちの世代だとさ。でも好きになる、嫌いになるって、本能に近いものがあるから、一度火が着いたら止められない。上井も誰かに対して早く火が着くようになればいいね」


 物凄く深い意味を仄めかして、大村は去っていった。宣戦布告と言ってもいいだろう。ただ俺は戦う前から敗北済みだが。


 上井は大村の言葉を反芻していた。


 恐らく大村は、合宿中の夜に神戸を呼び出して、告白したのだろう。その際神戸は、真崎という現在の彼氏の存在と、元カレになる俺の存在を告げたに違いない。


 真崎は別の高校だから横に置いといて、まず先に身近な存在の俺について、今どんな心境なのか確認しないと付き合えない、とでも答えたのだろう。それで大村はデッキの上に1人でいる俺を見付けて、俺の心中を聞き出そうとしていたのだろう。


 さっきのような俺の答えから、大村と神戸がどう動くのかは、俺は悔しいが見守るしかなかった。

 デッキで受ける潮風が、しょっぱ過ぎる…。


<次回へ続く>

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