第9話 -嫌な予感-

 体験入部期間を終え、吹奏楽部に入った、俺の同期となる1年生は14名、男子6名、女子8名と言う構成になった。


 神戸が誘ったのか、体験期間最初の方では見掛けなかった、同じ中学校出身の同期生、松下弓子と、伊野沙織の2人の女子が入っていた。

 松下は打楽器、伊野はクラリネットだった。


 特に松下は、クラスも俺と同じだったので、ある程度、俺と神戸の関係にも配慮してくれるのでは?と、ちょっと期待もしてしまった。


 2人とも中学時代は、バスケ部、テニス部と体育系の部活だったが、高校のバスケ部、テニス部は、ちょっと思っていたのと違ったのだろうか。


 体験期間中には、他にも何人か楽器が上手いな~と思う1年生もいて、俺とも話したりしていたのだが、残念ながら他の部活を選択したようだった。


 最初希望していたトランペットではなく、ホルンを選択して吹奏楽部入部を決めてくれた大村には、最初は俺も感謝していた。


「希望が通らなくてごめんね」


 俺は最初、大村に謝罪した。


「いや、上井のせいじゃないし。トランペットは人気が高いのは重々承知してたから、仕方ないよ。せっかく上井が誘ってくれたんだから、ホルンで頑張るよ」


 と言ってくれたが…。


 もしかしたら俺が大村を吹奏楽部に誘ったのは、大村にとって渡りに船だったかもしれないのだ。


 クラスでは大村が、神戸に急接近しているのだ。


 今はまだ席が俺の真後ろなので、大村と神戸の会話が聞こえてくるのだが、どうやら大村が神戸に一目惚れしたようなのだ。


 休み時間など、俺に聞けばいいのに、吹奏楽に関する疑問や質問を、神戸に聞いているし、放課後に教室から音楽室へ向かう時も、俺や伊東と一緒ではなく、あえて神戸のタイミングに合わせて向かっているとしか思えなかった。


 それでも俺は、


(神戸には真崎っていう工業高校に進学した結構怖い彼氏がいるんだ。そんなに簡単に神戸を口説き落とせる訳、無いよ)


 と、本来なら俺から神戸を奪った敵である、俺の次の彼氏、真崎洋二を思い出し、心の防波堤にしていた。敵の敵は味方、という感じだろうか。そういえば真崎と神戸は、まだカップルなのだろうか…?


 そんな環境での高校の吹奏楽部のスタートになったが、部活は中学までとは違い、やはりハードだった。


 4月29日の商店街への出張演奏をやっとのことで終えると、今度は文化祭で演奏する10曲が配られた。


 俺は文化祭は11月だとばかり思っていたが、高校は早いようで、6月中旬にやるらしい。


 11月だと大学受験に支障が出るからだと誰かが教えてくれたが、確かに秋以降は3年生だと大学受験とかで大変そうだ。


 それよりも曲数の多さにびっくりした。


「10曲もやるんですか!?」


「うん、そうよ。少し少なくてもいいんだけどねー。最初はみんなちゃんと聴いてくれるんだけど、休憩入れた後はダレちゃうし」


 沖村先輩が教えてくれた。


 配られた曲の中には、馴染みやすそうな曲もあったが、ドボルザークの交響曲などもあって、俺の心中は「マジか!」に尽きた。


 とはいえ顧問の福崎先生が選んだ曲だ、一生懸命に練習して完成させなくてはいけない。


 また1年生は文化祭までの間、6月の初めに江田島へ親睦と鍛錬を目標に掲げた合宿が2泊3日の予定で入っている。


 3日間練習できないので、その分先輩達に置いて行かれないように頑張らなくてはならないのだ。


「ところで江田島合宿って、怖くて泣かされるとか聞いたんですが、本当ですか?」


 俺はパート練習の日に、沖村先輩に聞いてみた。


「うん。怖いよ~。自衛隊上がりの教官が見張っとるから、余裕なんて全然ないんだよ~。カッター訓練なんて、みんな恐怖で泣き叫ぶよ~」


 半分冗談ぽく教えてくれたが、ハードなのは間違いなさそうだ。あと、前田先輩が、女子の末田に追加説明をしてくれた。


「あと末田、女子には一つ越えるハードルがあるんよ」


「えっ、なんですか?」


 俺や伊東相手ではなく、あえて末田だけに語り掛けているようだ。


「ブルマ!色はもうビックリしたでしょ?」


「あっ、はい。ビックリでした。ブルマなのは仕方ないにしても、なんでこんな色なん?って思いました」


「この高校のスクールカラーだから、仕方ないんだけどね。丁度合宿は6月第1週だから、体操着も夏服にチェンジのタイミングなんよね。で、普段は男子と女子に別れて体育しとるけど、合宿はクラス単位で動くから、あの色のブルマ姿を男子にも初披露することになるんよ~、怖いじゃろ」


「えっ、そうなんですか!うわー、嫌だー」


 末田は、本当に嫌そうな顔をしていた。


 そういえば今まで体育はジャージでやっていたが、6月からは制服も体操服も衣替えで、体育はジャージではなく、夏の体操服に変わるとか言ってたな。


 なんだか沖村先輩は、俺や伊東がいるからぼかしてるっぽいけど、どうやら合宿では女子のブルマが、キーポイントみたいだ。


「せっ、先輩、女子のブルマって、どんな感じなんですか?」


 俺は思わず聞いたが、


「ダメ。男子禁制の話だから」


 じゃあここでするなよ!と思ったが、前田先輩は合宿での別の情報を教えてくれた。


 その江田島合宿中に誕生するカップルが、結構沢山いるらしい。


 高校で恋人を作りたいと思ってる男子、女子が、やっと高校に馴染んで、好きな異性を見つける頃だから、だそうだ。


「そうなんですね。俺、ロクなことがなかったから、誰でもいいから俺に告白してくれないかなぁ」


 と俺が言うと、伊東も


「よし、俺は上井より早く彼女作るぞ」


 と、冗談ぽく言い、変な競争が始まってしまった。


 だがその情報を聞いて、俺は大村と神戸の急接近を思い出していた。


(もしかしたら合宿中に、大村は神戸に告白するんじゃないか?)


 <次回へ続く>

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