第8話 -勧誘成功したけれど-

 俺、上井純一は、初めて吹奏楽部に参加し、帰宅が夜7時半になるという高校部活の洗礼を入学2日目に早速味わったのだが、高校の吹奏楽部は中学よりも朝練をしっかりやるとミーティングで聞いたので、朝練に出るために家を6時半に出た。


 睡眠6時間では流石に眠かったが、宮島口で下車して高校方面へ歩き始めると、目が覚めた。


 神戸千賀子がいたのだ。


 宮島口で下車してから分かったくらいなので、幸い車両は別だったからか、気付かれていない。俺は迷った挙句、宮島口駅へUターンし、駅の待合所で数分ほど時間を潰し、神戸と時間が被らないようにしてから、高校へ向かった。


 村山はまだ楽器が正式に決まっていないから、朝練は出ようにも出れないと言っていたので、今朝は一緒ではない。そのまま登校していたら完全に神戸と2人きりの状態が発生しただろう。


 となると、何も喋らないわけにはいかない。


 そんなのは避けなくてはいけない。


 俺自身、神戸千賀子のお母さんにまで謝られて、そんな変な意地を何時まで張ってるんだ?と思わないこともなかったが、まだ心の中の塊は氷解していない。

 神戸千賀子とは話したくないし、話せる自信もなかった。


 高校へは、俺の普段のスピードよりもややゆっくりしたスピードで向かったので、神戸と一緒になることは無かった。

 高校の音楽室に到着すると、神戸は勿論だが、先輩達も来て練習していたので、朝の挨拶をして、バリサクを吹いていた。


 その後須藤先輩がやってきて、昨日の件頼むよ~と言われたが、期待せずに待っててくださいとしか返せなかった。


 とはいえ何もしないのも先輩に失礼だ。


 朝練を終えてクラスに戻ってから、俺は少し話せるようになった、俺の前の席と後ろの席の男子に声を掛けてみた。


 まず前にいる男子、伊東克之に声を掛けたら、


「実は俺、サックスに興味あるんよ。カッコええじゃん。そんな動機でもええんかの?」


 と、思わぬ好感触だったので、動機なんてなんでもええんよ、とにかく一度放課後、音楽室に行ってみない?と誘ってみた。


 そして後ろの席の、大村浩二にも声を掛けた。例によって左からではなく、右側から後ろを向いてだが。


「吹奏楽部かぁ。俺、何部に入ろうか迷ってはいたんだよね。中学の時陸上やっててさ、でも3年の大会で、陸上を高校でも本格的に続けるのにはちょっと無理な怪我しちゃって、運動系の部活は無理だと思ってたんよ。でも楽器吹くとかなら、陸上で鍛えた肺活量が生かせそうだね。吹奏楽部って、ジャズとかもやるん?」


「じゃ、ジャズは分からんけど、とりあえず何でも可能性はあると思うよ」


「俺、ジャズを聴くのが好きなんよ。だからトランペットとか吹いてみたいって気持ちはあるんよね。一度見学してみよっかなぁ」


 と、こちらも思わぬ好感触。


 その日の放課後、共に音楽室に行くことにしたのだが、これが新たな事件の火種になるのだった…。





「須藤先輩、俺と同じクラスの男子に声を掛けてみましたら、楽器に興味があるということで、2人見学に来てくれました」


 その日の放課後、俺は村山も合わせて、4人の男子軍団で音楽室へと向かった。


「おぉ、上井君、さっそくありがとう!お2人の希望楽器とか、あるかな?」


「えっと、伊東君はサックス希望なんです」


「サックスね。さっき、サックス希望の女の子が1人来て、沖村さんが話してるから、とりあえず上井君、伊東君をサックスのパート練習の場へ連れてって上げてくれる?」


「はい、分かりました」


 俺が誘った、同じクラスの前の男子、伊東はサックスを吹いてみたいということだったので、俺が案内することとした。パート練習の場は日によって変わるらしく、今日は視聴覚室になっていた。


「沖村先輩、お疲れ様です。俺と同じクラスの伊東君っていうんですが、サックス希望で見学に来ましたんでよろしくお願いします」


「伊東君?はじめましてー。わ、丁度いい感じで今年度のサックスが決まりそうね。伊東君、テナーサックスって分かる?」


「てなーさっくす?色んな種類があるんすか?」


「そう。アタシと、さっき入部したばかりの女子の末田さんが持ってるのが、アルト」


「軽自動車みたいですね」


「ププッ、伊東君も愉快な男の子ね~。上井君もなかなかじゃけど。で、アルトの次にテナーってのがあって、今ウチの高校にはテナーが2本あるんじゃけど、まだ来てない2年生の前田さんしか吹いとらんくて、1本募集中状態だったんよ。ちょっと持ってくるから、待っててね」


 と言って沖村先輩は、楽器庫にあるテナーサックスを取りに行った。


 その間に、初対面となるアルトの末田さんと俺と伊東で、挨拶し合った。


「上井君って、バリサク第1希望なんだってね。珍しーって思ってたんだ」


 末田が言った。


「俺、中学でもバリサク吹いとったんじゃけど、この高校のバリサクは高級品じゃけぇ、吹きがいがあるぞって、中学の顧問の先生に言われたんよ。それでね」


「ばりさく?なんか暴走族みたいな名前じゃね」


 伊東が初心者らしい言葉を発し、その場が和んだ。


 その内、沖村先輩が前田先輩とともにテナーサックスを持って戻ってきた。


「こんにちは、テナーの前田です」


「はじめまして!」


 末田も伊東も前田先輩とは初対面ではあるが、明らかに伊東は『こんな綺麗な女子の先輩がおるんじゃ…』とばかりに、目が輝いていた。


「伊東君?テナー希望っていうのは…」


「はい!ぜひ!」


 伊東のテンションが、グングンと上がっていくのが分かる。ははぁ、前田先輩が美人なのもあって、一気に引き込まれたな?


「チェッカーズっぽくて、ええですね」


 前田先輩にテナーサックスを見せてもらい、とりあえずストラップを付けて構えてみたところ、伊東はそう言った。


「そうね。チェッカーズの尚之が吹いてるのは、このテナーサックスじゃけぇね。じゃあ伊東君、体験から正式入部でもいい?」


 前田先輩にそう言われた伊東は、「よろしくお願いします!」と即答していた。


「わー、新体制2日目でサックスが揃ったね。アタシ、須藤君にサックスはもう定員一杯だから希望者が来ても他の楽器にして、って言ってくるわ」


 沖村先輩はそう言って、音楽室へと駆けて行った。




 一方、大村はトランペット希望だったが、昨日は見掛けなかった他の中学出身のトランペット経験者が体験に来ていて、村山も含めて競争倍率がえらい高くなったことから、金管楽器のパートリーダーによる話し合いが持たれることになったようだ。


 その結果、トランペットは他の新入部員で埋まってしまい、大村は已む無く他の楽器を探すことになり、トロンボーンとホルンで引っ張り合いが起きたが、本人がそれならホルンで…とホルンを選んだので、ホルンに決まった。


 …だが俺は、大村を吹奏楽部に誘ったのは間違いだったと後悔することになる…


(次回へ続く)

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