第7話 -揺れる気持ち-
ミーティングも終わり、下校の時間となったが、俺と村山は須藤先輩に呼び止められた。
「ねえねえ上井君と村山君、早速正式入部してくれた2人にお願いがあるんじゃけど」
「え?いきなりなんですか?先輩」
一応、俺が答えた。
「まだ今日が体験入部の初日だけど、俺たちの代も見て分かる通りで、男子が少ないんよね。そこで、まだお2人も入学したばかりで人間関係とかもよく分かんないかもしれないけど、是非楽器に興味を持ってそうな男子とか、捕まえて来てほしいんだ」
「なるほど、そういう話ですか。うーん、難しいけど頑張ってみます。では失礼します」
俺がほぼ1人で喋っていた。
「誰かアテはあるんか?」
帰りながら村山に聞かれたが、アテはない。
「まあ、社交辞令みたいなもんだよ。とりあえず、クラスで喋れるようになった、俺の前と後ろの席の男子に声掛けてみるけど、多分無理じゃろ」
と、2人で宮島口駅を目指して帰っていたが、朝の登校と違って帰りの下校は下り坂なので助かる。
電車に乗って自宅に帰ったら、夜7時半だった。
「お帰り~。なんでこんなに遅くなったの?」
母が心配気味に出迎えてくれた。
「今日から部活が始まったから。吹奏楽部に、また入ったよ」
「そうなの。じゃあ毎日こんな遅くなるんだね」
「そうだね。今日は初めてだから分からなかったけど、こんなもんだと思っててよ」
「そうなのね。他に一緒の友達とか、いないの?同じ中学だった友達とか」
「あ、村山が一緒に吹奏楽部に入ったよ。それと、まあ、女子の神戸って子」
「そうなんだね。お母さんね、入学式のあと、教室で神戸さんのお母さんから、中学時代はウチの娘が息子さんに大変な迷惑をお掛けして…って挨拶されたんだけど、何かあったの?」
「なーんにもないよ!中学の吹奏楽部で部長しとったから、その…社交辞令みたいなもんじゃない?」
俺は嫌な汗が噴き出てきた。
神戸のお母さんは、ウチの母にまで中学時代のことを謝ってくれていたのか。
俺は神戸家と違って、殆ど学校で起きたことは家では喋っていないから、俺が中3の夏から冬にかけて神戸千賀子と付き合い、フラれたことは、母親は全く知らない。
「とりあえず疲れたから、先に食べたい。ごはん、ある?」
「アンタがこんなに遅くなるなんて思わなかったから、もう冷めちゃってるけど、作ってあるよ」
「お、唐揚げだ。ありがとう」
貪るようにして夕飯を食べ、風呂に入ったら、もう何もする気力が無かった。
高校生活ってこんなにハードなのかぁ…。
一方、村山は上井とは乗り降りする駅が違い、上井よりももう一駅遠い、大竹という駅だ。
村山も疲れ気味で駅の改札を抜けると、後ろから肩を叩かれた。
「えっ?誰?」
そこにいたのは、神戸千賀子だった。
「あっ、神戸さん…」
「暗いし途中まで…一緒に帰ろう?」
「あっ、ああ、いいよ。同じ列車だったんかな?」
「多分ね」
2人は母親同士が昔からの友人ということもあり、必然的に幼馴染に近い関係だった。だがなんとなくお互いに、小さい頃からの知り合いという程度の認識でしかなかった。
神戸から途中まで一緒に帰ろうと言われ歩き出したが、しばらく黙ってゆっくり並んで歩くだけの状態が続いた。
先に話を切り出したのは、神戸だった。
「村山くん、高校で吹奏楽部に入ったのは、どうして?」
「うーん、水泳部がないってのもあるし。中学の時、文化祭とかで吹奏楽部を見てて、カッコいいなって思ったのもあるし。あと俺、上井にも言ったんじゃけど、実は船木さんと付き合いだしたんよ、春休み中に」
「船木さん?あ、もしかして中学の吹奏楽部で副部長だった…?」
「そう。その船木さん。もしかしたら船木さんの影響が一番デカいかもしれん」
村山はそう言って照れながら頭を掻いた。
「そっか…。でも彼女が出来て良かったね」
2人を再び沈黙が襲ったが、今度沈黙を破ったのは村山だった。
「あのさ、真崎のヨウちゃんとは上手く付き合えよるん?」
「えっ…。うーん…。実は全然会えてないんよ」
「そうじゃろう。俺、神戸さんが上井をフッた後、真崎に乗り換えたって聞いた時、信じられんかったもんな。こんな言い方したら悪いけど、真崎って、上井と別れるために無理矢理好きになったんじゃないん?とてもお似合いの2人とは言い難いというかさ」
「……」
「今日さ、初めての吹奏楽部で、ミーティングってあったじゃん。その時、気付いたんよ。上井は神戸さんを視界に入れないようにしとるけど、神戸さんは上井のことをすごく気にしてるって」
「そうなの。同じクラスでも、絶対にアタシのことは避け続けてるの。前から後ろへプリント回すだけでも、アタシを見ないように徹底してるし」
「そこまでやるか、アイツも。それって逆に意識してることの裏返しだよ」
「…そうなのかな。何でアタシは上井君と別れたんだろう…」
村山は、上井が神戸にフラれてからの壮絶な苦悩を知っていたからこそ、このふと漏らした神戸の言葉が半分は許せたが、半分は許せなかった。だが感情を爆発させるのは良くないと思い、冷静に話そうとした。
「そりゃあ、上井が神戸さんに対して、何か許せないことをしたけぇ、神戸さんも頭にきて上井をフッたんじゃろ?なんで別れたかと言ったら、そこに尽きるじゃろ。フッてしもうたもんは元には戻せんよ」
「そうなの。それはアタシもよく分かってる。だけど、なんで中3の3学期だけ、上井君の手紙の、ほんのちょっとした言葉にあんなに怒っちゃったんだろうって。あれくらいで別れるなら、もっと前に別れる危機は何回もあったのよ」
「上井からの手紙がキッカケかぁ。まあ2人が付き合っとった時期のやり取りまでは、俺は知らんけどね。中3の1月、真崎に避難先を求めたのが先だったのか、上井の手紙で怒ったのが先だったのか。でも今、なんでフッたのかなんて悩むってことは、上井に未練があるからじゃろ?他にも理由がある?」
「……」
しばらく神戸は悩んでいたが、絞り出すように答えた。
「アタシは多分、上井君のことが…今も好き。これまでも、これからも。こんな関係になっちゃったけど、一番大好きで忘れられないのは上井君、ただ一人。本音では、せめて話せる仲になりたい。でもアタシがしてきたことって…」
「上井から聞いとるよ。アイツは今、とにかく神戸さんのことが許せない心境だから、元に戻る…せめて話せるようになるにも時間が掛かるよ。この流れに、真崎が絡んでなきゃ、上井だって態度ももう少し柔らかかったんじゃないかと思うけどね」
「仕方ないわ。アタシがしてきたことだから。でも時間が掛かっても、いつか大人になった時には、笑って飲んだり出来る間柄になりたい」
神戸は入学式の日、1年7組で上井と一緒のクラスになったと分かった時、天は和解するチャンスをくれたと思った。
だが現状は和解には程遠い。数秒間目が合い、もしかしたら話し掛けれる?と思った瞬間に上井が何もなかったようにサッと前を向いた場面が、今も胸に痛い。
「まあ、俺もお互いの心境を聞いた立場として、それなりに頑張るから。神戸さんも諦めずに頑張りなよ。上井って奴は、神戸さんも知っとると思うけど、結局恥ずかしがり屋なのに意地っ張りな性格なんよ。そこを上手く衝いていけば…とは思っとるし」
「そうよね。彼が照れ屋さんなのはアタシも分かってたのに…。とりあえずありがとう、村山君。これからも何かあったら、相談させてね」
「おう。一応上井のことを今一番分かってるのは俺だと思うし。じゃあまた明日…」
村山の家に着いたので2人は別れたが、神戸と上井の間には、まだまだ高い壁があった。
<次回へ続く>
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