第5話 -吹奏楽部入部-
入学式の翌日は、午前中に春休みの課題テストが行われた。
まだ同じ中学から来た笹木さん、本橋君としかクラスでは話してないので、友達はいないに等しかった。クラスも休み時間などは、ヒッソリしている。
神戸千賀子?
お母さんの言葉を聞いて、多少意識する所はあるが、まだ話し掛けるような段階ではない。
そして課題テストが終わり、昼休憩後、午後から1年生全員が体育館に再び集められて、部活動説明会が開催された。
俺は吹奏楽部1択だったから、他の部活の説明は殆ど聞いてなかったが、体育系は激しそうで、俺には1日とて耐えられないだろうなぁと思った。
吹奏楽部の説明をしに登壇されたのは、3年生の先輩だった。
若本と名乗ったその先輩は、絵に描いたように真面目そうな先輩で、楽器はトロンボーンを担当しているとのこと。
俺は早く吹奏楽部に参加したくて、ウズウズしていた。
その日の終礼が終わると、村山と待ち合わせて急いで音楽室へ向かった。
「おう、早く行こうぜ!」
なぜこんなに慌てているのかというと、一つはこの高校はベビーブームに対応して新設された高校で、吹奏楽部の楽器も新しい楽器が多く、中でも顧問の先生はサックス専門とのことで、各サックスは一流メーカーのものを揃えている…と、中学の竹吉先生に聞いていたからだ。
もう一つは今更言うまでもなく、神戸千賀子よりも早く入部する、これが目的だった。
だから何なんだ?と言われると、大した意味もないのだが、初めて会う先輩方に、意気込みをアピールしたいというのもあった。
「失礼します!1年生の上井です!バリサク吹かせて下さい!」
俺は音楽室に乗り込むや、すぐに顧問の先生や先輩方が居並ぶ前で、猛烈にアピールした。
先生や先輩方はみんな、まさかこんなに早く新入部員が来るとは…というような驚きの表情をしていたが、さっき体育館で見た部長さんとは違う先輩が、
「ありがとう、君が1年生第1号だよ。体験期間中だけど、もう正式入部でいいの?」
「はい、もちろんです!バリサクを吹きたくて、入部したいと思った経験者です!よろしくお願いします!」
「では、ようこそ!早速、入部届書いてくれるかな?」
と言ってくれた。
どうやらさっきの先輩は3年生になったため引退され、4月から部長が2年生に引き継がれるとのことだ。
4月で引退?
と思ったが、それは3年生次第で、大学受験の勉強に専念したい者は引退してもよし、まだまだ楽器をやりたいと思えば、夏のコンクールまで居座れる、そういうシステムのようだ。
但し部長とかの幹部は、2年生になった段階で引き継がれていくということらしい。
中学時代、11月まで吹奏楽部の活動をしていたのもあって、高校の部活日程はやっぱり大学入試に合わせて早めに対応しているんだな、と思った。
俺に声を掛けてくれた先輩は、2年生でチューバ担当の須藤先輩だ。昨日、入学式の演奏を行った後、役員改選を行い、部長になられたとのことだ。いわば今日の部活動説明会が、3年生の若本先輩の、部長としての最後の仕事になっていたのだった。
俺は早速須藤先輩から紹介され、サックスの先輩に挨拶出来た。
パートリーダーは2年生のアルトの沖村先輩、他にテナーの前田先輩がいて、どちらも女子の先輩。3年生に男子の村田先輩という方がいるとのことだが、春でもう引退するかもしれないとのこと。
「よろしくお願いします!上井純一と言います!」
「よろしくね。バリサクが第一希望って聞いたけど、なかなかそんな子おらんから、助かるわ~。でも他のテナーとかアルトとか、吹きたいって気持ちはない?」
「全然ないです!中学の先生に、西廿日高のバリサクは中学校のバリサクの2倍の値段がする高級品だと聞いておりますので、是非バリサクを吹かせてください!」
「じゃあもう、決定だね。上井君はバリサク、お願いね」
あっという間に、高校でもバリトンサックスを吹けることになった。元々バリトンサックスを吹きたがる人間は、そうはいない。だから他の楽器はともかく、バリサクは競合者もいないだろう。
ところで村山はどうなったのか心配だったが、様子を窺うと体が大きいだけあって、チューバやトロンボーンの先輩が勧誘している。だが本人は音楽室に向かう途中、
「俺、トランペットに憧れてんねん」
と言っていたので、まずは本人の希望を尊重してか、トランペットを体験しているようだ。
トランペットのリーダーの先輩を見ると、思わず1年生?と思ってしまうような小柄で可愛い女子の先輩だった。
村山と比較すると、体型だけは学年が逆のようだ。
一応、神戸千賀子が来ているかも確認してみたが、やはりクラリネット希望で来ていた。
俺は気付かれないように、クラリネットの先輩から説明を受けている神戸千賀子をしばらくバリトンサックスの準備をしながら、遠くから眺めていた。
お母さんの言葉が思い出される。
『悪いことしたって思ってるのよ、あの子…』
たった1年前には神戸千賀子と同じクラスになった!と言って喜び、クラスでも吹奏楽部でも屈託なく会話していたのに、1年経つとこんなに相手を憎むようになってしまうのか。
「上井君、早速じゃけど音出してみて」
不思議な感傷に浸っていたら、沖村先輩に呼ばれて現実に戻った。
「あっ、はい。スイマセン、ボーッとしてました」
「えー、もうボーッとしよったん?アンタ、大物になるわ」
沖村先輩はケラケラと笑った。
さてと、中学校の吹奏楽部を引退してから久しぶりに吹くバリトンサックス。
11月に引退したから・・・5ヶ月ぶりか!大丈夫かなと心配しつつ、思い切り腹式呼吸で息を吸い込み、低いドを吹く。おっ、無事に出た!
「おーっ、いきなり低いドで来たね!バリサク吹くの、いつ以来?」
「中学で引退して以来なので、5ヶ月ぶりだな~って、自分でも思ってたところです」
「そのブランクで低いドが一発で出るんなら、すぐ4月の演奏会にも出れるじゃろ?」
「4月に演奏会があるんですか?」
「そう。近くの商店街で毎年4月29日の天皇誕生日にやる春祭りに、毎年呼ばれとるんよ。1年生は初心者だと、その時期はまだ基礎練段階で、曲を吹けるレベルじゃなくて、出ずに見学ってパターンが多いんじゃけど、上井君なら即戦力よ。いや~バリサクが空いたところへ、丁度いいタイミングでルーキーが来たね」
「そ、そうですか?ありがとうございます」
俺は思わず照れてしまった。
「で、その依頼演奏で吹くのはこの8曲なんよ。もう他の部活に逃げたりせんじゃろ?本番まで日もないし、すぐ曲練してね」
はっ、8曲!?
俺が今まで経験してきた一回の演奏会での最多演奏曲数は、中3の文化祭での6曲だ。
それも秋の体育祭以降、必死に練習してやっと仕上げたレベルだ。
それが、今日は4月9日だから、20日ほどで8曲も仕上げないといけない!
8曲の譜面を見たら、確かに商店街の春祭りだけあって、そんなに難易度の高い曲はなかったが、しばらくすると逆に燃えてきた。
(やってやるよ!神戸千賀子に負けてられるか!)
動機は不純だが、俺は新たな環境で、新たな決意を胸に秘めた。
(次回へ続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます