第4話 -まさかの謝罪-

「上井君?上井君だよね?」


俺が大混雑状態の1年生の下駄箱で、6組に別れた親友、村山を待っていると、声を掛けられた。その声に振り向くと、誰かに似ているような母親世代の、スーツを着た女性がいた。


「あっ、はい。上井です」


とりあえず俺は、頭を下げた。


「こんにちは。神戸千賀子の母です」


えぇっ!


誰かに似ている…と思ったのは、神戸千賀子に似ていたのだった。


入学式早々に俺がやらかした、神戸千賀子への失礼な行動を目にして、お怒りになって俺に声を掛けてきたのだろうか。


「どっ、どうも…」


としか、俺は言えない。だが神戸の母はこう言った。


「ごめんなさいね、上井君。ウチの子が中学卒業前に、上井君に失礼なことしたでしょう。ウチの子は何でも家で喋るから…。去年の夏に、貴方が彼氏になったって聞いた時は、嬉しかったのよ。吹奏楽部で部長さんをしてたでしょう?勉強も出来るって聞いてたから、素敵な彼氏が出来て良かったねって、ホッとしてたのよ」


「あっ、そ、そうなんですか…」


俺はどう対処したら良いか分からなくなってしまった。


「だけど高校受験直前に、貴方と別れた、しかもウチの子から貴方のことをフッたと聞いて、私は物凄く怒ったの。なんでこんな大事な時期に、大切な彼をフッたりするの、って」


「……」


「そしたらあの子も言い返して来て、女の子の気持ちが分からないような男の子とはもう付き合えないから、上井君と別れて新しい彼を見つけた、って言い返してきてね。私もカーッとなっちゃって、相手の気持ちを考えなさい!って怒鳴り付けちゃって、しばらくは私と娘で大喧嘩よ」


「…そ、そうだったんですね」


「でも親子ですから、いつの間にか元に戻ったけど。でもあの子はあの子なりに、貴方がずっと教室で凄く落ち込んでるって言って、流石に悪いことしちゃった…って後悔してたわ…」


「そうなんですか?」


俺をフッた後の、クラスでの生き生きした神戸の姿を思い出すにつけ、とても信じられなかった。


「だから、高校で8クラスもある中で、貴方と一緒のクラスになったのは、きっと何かのご縁だと思うの。だから貴方は、ウチの子のことは今は絶対許せないと思ってると思うけど、いつか時が来たら、一言だけでいいから、声を掛けてやってね」


「あっ、はい…。いつか、時が来たら…」


「じゃあ、またね」


そう言って、神戸の母は、俺の前から姿を消した。


そんなに何でも家で話すのか…。


俺とは大違いだ。


神戸の母の言葉を聞き、多少俺の気持ちも揺らいだが、それでも話が出来るようになるまでには、まだまだかなりの時間が掛かるだろうな…。


だが神戸千賀子と1年7組で最初に目が合った数秒間、何か俺に言おうとしたのは、もしかしたら


「ごめんね」


の一言だったのかもしれない。


でもバレンタイン前日に真崎に告白して、すぐに打ち解けあって仲良く一緒に帰って行った瞬間を目撃した時の気持ち、中学の卒業式で真崎との親密ぶりを明らかに俺に見せ付けるようにしていた時の感情は、そう簡単に氷解したりしない。


だがお母さんの言葉で、ちょっと心の重石が取れたような気になったのは事実だ。


神戸千賀子は、少しは俺に対して贖罪の意識があると分かっただけで、俺の気持ちが違ってきた。


しかし、せっかく神戸の母がわざわざ俺を探し出して渾身のメッセージを俺にくれ、俺の気持ちも軽くなったというのに、俺の心が開くには程遠い出来事が続いていく。


(次回へ続く)

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