第3話 -母親からの声掛け-

 神戸千賀子としばらく目が合った後、俺は我に返って前を見た。


(神戸千賀子とは、絶対に二度と喋らないんだ…。でもこの高校の制服を着ると、イメージが変わるな…)


 左斜め後ろに、神戸が座る音がした。

 まだそれほど7組になった新入生は来てないし、神戸に話し掛けようとしたら、話せない距離ではない。


 でも神戸千賀子も、結局黙ったまま席に座っていた。


(もっと7組の新入生、来てくれよ〜)


 俺は奇妙な空間で、入学式が始まるのを待っていた。


 その内、俺の前と後ろに男子がやって来て、少し奇妙な緊張状態からは、解放された。

 だがその時点では、まだ「あっ、はじめまして〜、よろしく」位しか喋るネタがない。


 しいて言えば、何中出身?くらいだ。


 それに対しては、へぇーそうなんだ、くらいしか、これまた返事が出来ない。


 慣れるにはしばらく掛かりそうだ。


 同じ中学出身の本橋君と笹木さんがやって来たのは、多分俺と村山より1本後の列車だろう。


「上井くん、神戸さん、同じクラスでよかった~」


 と笹木さんは声を掛けてくれたが、本橋君は俺が神戸にフラれたことを知っているため、俺と目が合った時に、やあ!と手を振ってくれるに留まった。


 そんな中、いつの間にか教室も新入生でほぼ一杯になり、担任の先生と思しき女性の先生が入ってきた。


「はい、皆さん!入学おめでとうございます!今から、入学式の会場へ向かいます。今ね、廊下側から、男女、男女と出席番号順に並んでます。このまままず廊下側の列、出席番号の若い順から廊下に出て下さい。その後ろに、次の男女の列が付いてって下さい」


 そのように説明され、俺達は廊下に並び、順番に誘導されて体育館へと向かった。

 変わらず左斜め後ろには、神戸千賀子がいる。


 体育館へ入ると、吹奏楽部が軽快なマーチを演奏していて、既に先に入っていた保護者や先輩方が手拍子しながら迎えてくれた。


 俺は吹奏楽部が無事に存在していることに安堵した。俺の西廿日高校志望理由の一つが、吹奏楽部で高級なバリトンサックスを吹く、というのもあったからだ。


 また一通り入学式の儀式が終わった後、担任と副担任の先生の紹介が行われたが、俺の7組は、さっき体育館へと案内してくれたベテラン風の女性の先生ではなく、若い女性の先生だった。だが、専攻は美術というのはクラス分け表のとおりだった。


 一通り入学式の儀式を終えると、再び吹奏楽部の演奏に乗って、教室へと戻る。


 教室は保護者も体育館から移動して来たため、超満員状態になった。


 その中で担任の美術の先生が挨拶された。


「皆さん!入学おめでとう!保護者の皆様もおめでとうございます。私は1年7組を受け持たせて頂く、末永香織と申します。担当教科は美術です」


 保護者の中からヒソヒソと、若いねぇとか聞こえてきたのが気になったのか、末永先生は苦笑いしながら


「えー、私は若そうに見えますが、本当は…若いです」


 ちょっとした笑いが起き、クラスの緊張状態が和んだ。


「実際は、既に卒業生を二度送り出していますので、その辺りで私の年齢を想像して頂ければと思いますが、多感な高校時代、私が担任でガッカリだと言われないよう、全力投球で、新入生のみんなのことを受け止めたいと思っています。今日初めて会って、いきなり信頼しろと言っても難しいと思いますが、生徒のみんなとは、明るく楽しく過ごしたいと思ってますし、ご家族に言えないような悩みとかあれば、私がいつでも相談に乗りますよ。まあ今日は初日ですので、明日からが本番です。明日は早速課題テストと、午後から部活動説明会があります。その他当面の予定表などを配りますので、前から後ろへ回して下さい」


 俺の前には、2人の男子がいて、プリントが回されてきた。俺も必要な枚数を取って後ろへ回そうとしたが、左から後ろを向くと神戸千賀子が目に入ることに気づき、廊下側で狭いというのに、右から後ろを向いて、後ろの男子にプリントを回した。


 自分でも、ここまでやるか!かえって意識し過ぎじゃないのか?とも思ったが、そこまでやるのが俺の性格だった。オクテなくせに意地っ張りなのだ。


 プリントで当面の日程を確認すると、その日は終了となった。


 大混雑する下駄箱で、6組の村山を待っていると、あるお母さんから声を掛けられた。


「上井君?上井君だよね?」


 その声に振り向くと、誰かに似ているような母親世代の、スーツを着た女性がいた。


「あっ、はい。上井です」


 とりあえず頭を下げた。


「こんにちは。神戸千賀子の母です」


 えぇっ!?


(次回へ続く)

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