第9話 -卒業式-

 受験日がバレンタインデー当日だった私立高校には無事に合格したが、次は本命の公立高校受験が待っていた。


 ちなみにバレンタインのチョコは、俺は本命も義理もなく、ゼロだった。母からすら、無かった。こんな日なんか廃止してしまえと思いながら、国生さゆりの歌を聴いていた。


 また不幸なことに、俺と神戸が付き合っていた頃に公立の志望校を同じ高校にしようと決め、願書まで既に出してあったものだから、一緒の西廿日高校を受験することになる。


 ここで俺だけが落ちて、神戸は合格というシナリオだけは絶対に避けなきゃいけない。


 親友の村山も同じ西廿日高校を受けることになっていたので、お互いに励ましあいながら苦手な分野を教えあったりした。


 放課後、図書室で勉強していたら村山が聞いてきた。


「こんな時にお前に言っていいか分からんけど、神戸が、真崎のヨウちゃんと2人で帰ってたで。もしかしたらお前から真崎のヨウちゃんに乗り換えたんかなぁ…」


「ああ、その話なら、俺、現場にいたから誰よりも早く知ってるよ」


「現場?」


 村山に、2月13日に見聞きした光景について話すと、神戸とは家族ぐるみで交流のある村山も、流石に怒ってくれた。


「なんやそれ、ありえへんって!俺はたまたま別れの手紙のメッセンジャーになってしまったけど、何があってもお前の味方やけん、見返したろーぜ」


 親友の言葉は心強い。俺の負けん気がますますヒートアップしていった。




 さて本命の公立高校の入試は3月12日、13日の2日間だが、何故か中学校の卒業式は入試前の3月10日に設定されていた。

 そして合格発表は、3月17日である。


 例年、広島県の3月の日程はその順番なので、おかしいよな?と、いつもみんなで言っていたが、結局俺たちの年もその変な日程で行事が行われていった。


 まずは俺たちの卒業式だ。


 卒業式自体は感動的で、俺も思い切り校歌を歌い、確実に進路が別になってしまう友人と別れを惜しみ、吹奏楽部の後輩からも泣き笑いのエールを送られ、特に2年生の女子からは握手を沢山求められた。その時だけは、モテている錯覚に陥ってしまった。


 その後、卒業生、先生方、在校生入り乱れて無礼講となり、女子が好きな男子の学ランのボタンをもらいに走り回っていた。


 親友の村山もモテモテで、学ランのボタンが全部なくなっていくのを、俺は眺めていた。


 一方で俺はというと全くモテず、同級生からも後輩からもボタンをねだられることもなく、中庭に同じクラスの友人達と座って、ボーッと盛り上がっている現場を眺めていた。


 その中、神戸が真崎と腕を組んで写真を撮っているのが見えた。いたたまれなかったが、俺の隣にいた同じクラスの本橋君は


「あれ?神戸さんって上井君と付き合ってたんじゃなかったっけ?」


 と、素直な疑問を投げかけてくれた。


 1月にフラれたんよ…と言うと、そっか、ごめんねと言ってくれたが、本橋君は何も悪くない。


 だがこのままここにいても惨めなだけだし、帰ろうか…と思った瞬間だ。


「せっ、先輩!上井先輩っ!」


 と声を掛けてくれた女子がいた。


「あっ、福本さん。どうしたの?」


 吹奏楽部の後輩で、1年生でホルンを吹いている福本朋子という女の子だ。いつも元気で、俺の住んでいる社宅の隣の棟に住んでいる、ご近所さんでもある。


「先輩の制服のボタン、下さい!」


「えっ?俺なんかのボタンでいいの?」


「はい!」


 福本さんは思い切り頷きながら、返事をしてくれた。俺の周りにいたクラスメイトが、オーッとか、やるじゃん!とか声を掛けてくれた。神戸&真崎にイチャイチャぶりを見せ付けられて落ち込んでいた俺に突然現れた天使のように見えた。


「じゃあちょっと待ってね、せっかくだから第2ボタンを上げるね。えーっと、ボタンは裏から外して、と…どうやればいいのかな…」


「キャッ、第2ボタンもらえるんですか?!」


「うん。上げる予定がないから。はい、第2ボタン。大切に持っててくれたら嬉しいな」


 その言葉を言った瞬間、福本さんは不思議そうな顔をした。そうか、吹奏楽部の後輩達も、俺がフラれたことは知らないんだ…。


「先輩、ありがとうございます!大切にします!」


 福本さんは顔を真っ赤にして、俺の第2ボタンを握りしめ、友達の所へ戻っていった。友達からは、キャーキャー言われて、喜んでいるみたいだ。


 俺はそれを契機に、3年間通った中学校から帰ることにした。


 転校してきた時も1人だったが、卒業後に帰宅する時も1人か~。


 とりあえずその日は本番の公立入試に向けて体を休めようと思った。


 ・・・だがなかなか寝付けない。


 色々なことを考えていると、睡魔がやって来てくれないのだ。


 ちょっと散歩してくる、と言って外に出てみた。


 夜空が澄んでいて、星がよく見える。こんな夜空を彼女と見れたら嬉しいだろうなぁ…。未練は捨てたとか言っても、心のどこかに神戸千賀子っていうのは存在し続けるのかなぁ。


 社宅の周りを一周して戻ると、郵便受けに手紙が入っていた。


「あれ?さっきもあったかなどうかな?」


 取り出してみたら、福本朋子より、と書いてあった。


(え?福本さんから?なんだろ、ボタンのお礼かな)


 俺は急いで部屋に戻り、封筒を開けて食い入るように手紙を読んだ。



《Dear 上井先輩。ご卒業おめでとうございます♡今日は大事な先輩の第2ボタンをもらえて、とっても嬉しかったです!一生の宝ものにします!

 ところで先輩に質問です。もしかしたら、神戸先輩とは、もうお付き合いされてないんですか?先輩の第2ボタンをもらえてとても嬉しかったですけど、本当なら先輩の第2ボタンは、神戸先輩に上げるんじゃなかったのかなと思って、心配になりました。

 それとアタシ、実は豊橋に引っ越すことになりました。なので、本当なら先輩に言われた通り、吹奏楽部で後輩を教えなくちゃいけないのに、出来なくなりました。ゴメンナサイ。でも豊橋の中学校でも、吹奏楽部があったら、絶対に入ります!

 最後に、アタシが今日本当は直接言いたかったけど、言えなかったことを書きます。

 上井先輩、大好きでした💗アタシの初恋相手が上井先輩でよかったです。

 高校受験、頑張って下さい!》



 俺は、惨めにフラレた一方で、こんなに俺のことを思ってくれる後輩がいたことに驚きつつ、感激で涙が溢れてきた。


 いつ豊橋に行ってしまうのか分からないが、俺は今すぐに返事を書かなきゃいけない!と思い、勉強より先に、福本さんへの返事を書き、かなり夜更けではあったが、そのまま隣の棟の福本家の郵便受けに投函しに行った。


 返事が来るかどうかは分からない。でも、高校受験に向けて、間違いなくエネルギーをくれた。


 最後まで、期待を裏切らない先輩でいなくては!頑張らなくちゃ!


 <次回へ続く>


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 今回卒業式で登場した後輩の女の子を主役に据えたスピンオフ短編を、別途アップしております。

 よろしければご一読下さいませ。

https://kakuyomu.jp/my/works/16816700426877941722

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