第8話 -バレンタイン前日の悪夢2-

 神戸千賀子は、改めて慎重に周りを確認しつつ、教室に誰もいないのを確認して、中へと入った。


 俺は極力気配を消して、その様子を眺めていた。


 しばらくしたら、同じクラスの真崎洋次が教室に入っていった。


(えっ、ええっ!?なんで?)


 俺は必死に聞き耳をたてた。


『チョコは上井に上げんでもええん?なんで俺に?』


『上井君と喋れなくて悩んでた時に、真崎君が、アタシに味方してくれたお返し…。でも、義理じゃないよ。本命だよ』


『本命って…上井とは別れたんか?』


『うん。少し前に。ちょっとアタシには許せないことを言われて…。でも、上井君とちゃんと別れる前から、真崎君にアタシの心は移ってたの』


『だから最近、上井は全然元気が無いんか…』


『アタシもちょっと罪悪感はあるの。でも女の子の気持ちを分かってくれない上井君とは、もう無理って思ったの。そこに真崎君がスーッと現れたんだよ』


『本命チョコなんて、もらってもええんかのぉ。上井に悪いなぁ』


『アタシと真崎君、二人だけの秘密にしとけば大丈夫よ。アタシの気持ち、受け取って…』


『じゃ、受け取る。どうする?こんな時期だけど、俺達、付き合う?』


『真崎君さえ良ければ…』


『じゃあ上井には悪いけど、俺が神戸さんの本命チョコを受け取ったってことで、付き合おうか』


『本当?良かった、嬉しい!』


『とりあえず、一緒に帰ろうか』


『うん。帰ろう、真崎君』


 二人はそうやり取りして、一緒に下駄箱へと向かって行った。


 なんだ、今のは…。


 俺は渡り廊下の柱の陰でこの会話を聞きながら、怒りと悔しさと情けなさから、座り込んで唇を噛み締め、溢れる涙を学ランの袖で拭っていた。


(俺も悪かったけど、なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだっ…!なんで女ってこんな早く気持ちが変わるんだ!大体、3学期は受験で大変だから、お付き合いも控え気味にとか言ってたのは、神戸さんじゃろ?なのになんで今、新しい彼氏を作るんじゃ!)


 時にして夕方4時過ぎだった。きっと今日の授業中、何処かのタイミングで神戸は4時に教室へ来て、とか言って、真崎を呼び出したんだろう。


 確かに3学期になってからの班で、神戸と真崎の2人は一緒の班だった。


 3学期になってからどうも神戸と喋りにくくなってしまったのは、そのせいもある。


 その裏で俺みたいな話し掛けるだけで精一杯みたいな優柔不断な軟弱男より、元野球部で硬派な真崎に心が移るのも仕方ないだろう。


 だからと言って、偶々現場に居合わせたからすぐに分かったものの、こんな直ぐに他の男に乗り換えて告白するような、馬鹿にされた仕打ちを受けてたまるもんか!


 俺は、神戸千賀子は一生の敵、この先の人生で何があっても、絶対に喋らないと心に決め、まだ心の中にあった未練を捨て、その日から猛烈に受験勉強を再開した。


 まずは明日の滑り止めの私立高校を、確実に合格せねばならない。


 と言いつつ、約2週間、何もする気力がなく使っていなかった頭を突然使い始めたからか、昼間に色々ありすぎたせいか、その日の夜は勉強し始めたもののすぐにダウンし、眠ってしまった…。


(次回へ続く)

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