第6話 -失恋-

 年が明け、昭和61年となり、3学期が始まった。

  

 3学期になったら朝の一緒の登校は止めようと神戸千賀子に言われていたし、クラスの班も班替えによって再び別々になってしまったことで、クリスマスプレゼントの交換はしたものの、冬休みを挟んでなんとなく俺と神戸千賀子との間には、気持ちの面で距離が出来ているように感じた。


 それでも始業式の日の朝には、もしかしたらと思って、2学期途中から毎朝待ち合わせしていた何時もの信号へ、前に待ち合わせしていた時刻に行ってみたのだが、やはり神戸千賀子はいなかった。

 彼女はかなり遅く、始業開始時間ギリギリに登校してきたが、俺とは目を合わせることなく、女子の友達と話しながら着席していた。


 3学期初日は、そんな気落ちする、なんとなく不穏な雰囲気で始まった。


 まだ別れた訳ではない、俺だって話し掛けたいのだが、俺の性格的なモノもあるのだが、それ以上に、2人の間に見えない壁があるのだ。

 以前もなかなか話し掛けられずに悩んでいたが、今回は以前よりも、神戸千賀子の周りに、俺を近付けたくない雰囲気が漂っていた。


 妙な雰囲気を感じてしばらく日々を過ごしていたのだが、丁度神戸千賀子の誕生日が1月24日だった。


 ここはチャンス!


 起死回生、プレゼントを贈って、何とか神戸千賀子の気を引き止めようとし、少ない小遣いからオルゴールを買い、ラッピングもしてもらい、誕生日当日の帰りに、早目に下駄箱で彼女を待ち、勇気を振り絞って手渡した。


「アタシの誕生日、知ってたの?ありがとう」


 俺がプレゼントを上げたことが意外なような、いや、想像もしていなかったような反応だった。嬉しそうな感情もなく、俺としても意外な反応であった。


 俺の胸中の曇りが、晴れるどころかますます厚くなる。


 そして一週間後の、1月30日木曜日。


 登校したばかりの俺は、何故か隣のクラスの親友、村山に廊下へ呼び出された。


「お前宛の手紙、預かったんやけど…」


「ん?差出人は神戸千賀子・・・なんで村山から?」


「俺もよー分からんけど、下駄箱でお前に渡せって、頼まれた」


「ふーん…。なんか…なんとなく…意味が分かるけど…。とりあえず、巻き込んだみたいでごめん」


「…俺もなんとなく中身の推測はつくけど…、まあ、元気出せや」


 誕生プレゼントで起死回生とはいかず、その手紙は俺に別れを告げる手紙だとその場で確信して、ワザとその日は神戸の近くでは、いつも以上に明るく振る舞ってみた。


 だが、いつもなら何してんのーって笑いながら突っ込んでくれる神戸が、この日は全く無反応。神戸の近くで何をしても、無視、無視、無視だった。


 ますます別れの手紙だと確信した俺は、その日帰宅するなり、手紙を読んだ。




 ≪Dear 上井くん。これが最後の手紙です。返事はいりません。今までありがとう。これからは恋人じゃなく、友達に戻りましょう。

 アタシは上井くんとお付き合い出来て嬉しかったです。でもこれからは、お友達関係に戻りましょう。上井くんには、アタシよりももっといい彼女が出来ると思います。


 …お互いをもっと理解し合うようにすれば良かったよね。半年間、上井くんなりに一生懸命、アタシみたいな女とちゃんと付き合おうと頑張ってくれたのに、すれ違いばかりで。


 いつかまたお話出来る日が来たら、上井くんのことをどれだけ好きだったか、大切に思っていたか、話したい。でもこれからはお友達として、と書いたけど、そんなの無理だよね?そんな日はもう来ないよね?だから、最後にアタシの気持ちを書いておくね。

 上井くん、好きでした。今までありがとう。さようなら。≫




 読了後、俺は、体内にある水分が全部涙として流れていくのではないかと思うほど、泣いた。


 親に泣き声を聞かれたくないから、布団を被って泣いた。


 一応夕飯までに涙は出尽くしたと思ったので、先に風呂に入って泣き腫らした顔をサッパリさせてから夕飯を食べ、勉強する気にもならずテレビをボーッと見ていたら、「ザ・ベストテン」が始まった。


 そう言えば告白しあった日も「ザ・ベストテン」が入っていて、ウキウキしながら見てたな…と思い出したら、出尽くしたはずの涙が夕食で補填されたのか、また溢れてくるのが分かった。


 この日ランキングしていた曲、レベッカの「フレンズ」を聴いたら、溢れる涙が堪えられなくなり、再び俺は自分の部屋へ戻り、机に突っ伏した。



 翌日、意地で登校した俺だが、すっかり無気力になってしまった。


 授業は上の空。


 休み時間は昼寝。


 友達が体調が悪いのか?と心配してくれたが、俺は大丈夫だから…とだけ答えて、そのまま寝続けてた。


 対する神戸は、俺という足枷が取れたからか元気に周囲の男子、女子と喋ったり笑ったりしている。


 その光景がまた、俺の心に突き刺さり、フレンズの歌詞が頭をよぎった。



《 〽 いつも 走ってた Ohフレンズ 他人よりも 遠く見えて 》



 先月、はにかんだ顔してお互いにクリスマスプレゼントを交換したのに…。


 クラスマッチの打ち上げでは、初めて照れながら腕を組んでくれたのに…。


 俺の頭の中は、後悔の念が渦巻いている。


 きっと1月24日に上げた誕生日プレゼントに添えた手紙が、彼女の気持ちを壊したのだろう。



《今までプレゼントを上げすぎだから今回は止めようかと思ったけど、誕生日だからやっぱり上げるね》



 こんな手紙をもらって喜ぶ女子、いや、人間はいないだろう。

 なんと女の子の気持ちを考えない、いや、男子同士だとしても失礼極まりない手紙だ。


 しかし時を戻すことは出来ない、もはや元には戻れないのだ。


 その日1日を無気力で過ごした俺は、家に帰っても無気力なまま、高校受験も近いのに、全く勉強する気にならず、部屋に閉じ籠って音楽やラジオを聴きながら、ベッドに横になっていた。


 しばらくそんな生活を送っていて、毎日堕落していっている自覚はあったのだが、そんな俺にトドメを刺す出来事があった。


 それは・・・


 <次回へ続く>

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