第4話 -オクテの悩み-
夏休みに入っても、吹奏楽部は8月末に開催される吹奏楽コンクールに備えて、毎日練習の日々だ。
神戸千賀子と両思いになって日が経つというのに、何もしていない俺は焦って、“部活の帰りに一緒に帰ろうよ?”という提案をしてみようと決意した。
なのに、どうやってそれを神戸千賀子に伝えようか迷って迷って・・・。
遂には男子の後輩を使って、ある場所で待ってるから呼んできて、と頼んでしまう始末だった。
俺 「き、今日、一緒に帰らない?」
神 「うん、いいよ、帰ろう♫」
こんな些細な会話をするだけでド緊張する自分も何だかな…、だが、嬉しくて嬉しくて、彼女が出来たっていう喜びは物凄いものだった。
かといって毎日一緒に帰ってたら、すぐに吹奏楽部の同級生、後輩にバレるのは当然だ。
周りから冷やかされてしまい、そのことに嫌悪感を感じた神戸千賀子からの申し出で、一緒に帰るのは俺の富山への帰省を挟んで、僅か4回で中止になった。
付き合い始めたばかり頃の必殺手段、《一緒に帰る》を封印されてしまった俺は、早くも神戸とどう付き合ったらいいのか、分からなくなってしまった。
しばらくは何も話せなくなり、遠目に今日も部活に来てるな、と確認するだけになってしまった。
そんな状態のまま吹奏楽コンクールを迎えた朝。
同じ広島と言っても俺達の住む大竹市が広島の西の端なら、吹奏楽コンクールは北の端、庄原市で開催されるため、朝の5時に中学校に集合し、バスに乗って庄原を目指すことになった。
そのバスで、どうやら山神さんと2年男子が結託し、俺と神戸さんを並んで座らせて仲直りさせようとしたみたいだ。
その策略にハマり、俺は2年男子の石田の導きで神戸さんの真横に座った。
最初はお互いぎこちなかったが、そのうち周りのお陰もあって、再び会話出来るようになった。
なんだ、意地を張って男の俺が女の子に辛い思いをさせてただけじゃないか。
反省した俺は、もっと神戸さんとコミュニケーションを取ろうと決意した。
だがコンクールが無事に終わり、部員のみんなも夏の疲れが出たのか、帰りのバスは行きと違って静かだった。
なので神戸さんと並んで座ってはいるものの、周りが静か過ぎて喋れないという状態になり、いつしか神戸さん自身も眠り込んでいた。
(初めて寝顔を見たかも…。可愛いな~)
そして俺もいつの間にか寝てしまい、気付いたのは緒方中にもうすぐ到着するという、竹吉先生のマイクで、だった。銀賞という結果も、現地では聞けなかったが、学校へ電話連絡があったらしい。俺は先生に促され、最後に一言言って、締めることとなった。
「皆さん、本当に1日お疲れさまでした!銀賞という結果でしたが、俺は金賞だと思ってます。皆さんも堂々と銀賞だったと、お家に帰ったらご家族に伝えて下さい」
一応俺がバスの前でそう一言喋り、節目を付けてから、楽器を片付けた者から解散ということになった。
「上井くん…」
「あ、神戸さん…」
「今日はありがとう。仲直り出来て嬉しかったよ」
「俺も…」
「それでね、実はお願いがあるの」
「え?なんのお願い?」
もしかしたらデートのお誘いかと早合点して俺は変なテンションになってしまったが、実際は違った。
「解散になったあと、しばらく中学校に残れる?」
「うん。残れるけど…なに?」
「あのね、山神のケイちゃんから、どうしてもって頼まれたんだけどね、上井くんと2人でお話がしたいんだって」
「へっ?山神さんが?俺に?なんじゃろ…」
山神さんへの片思いは3月の卒業式の日に封印し、以降は神戸一筋だった俺には唐突な話だった。
「あのさ、上井くん…。その、ケイちゃんとお話してもね、アタシの所に帰ってきてね」
「当たり前じゃん。早く終わらせて、家に着いたら、どんな内容だったか電話するよ」
「本当?ありがとう」
ということがあり、山神さんと2人で最後に話すことになったが、山神さんの気持ちのケジメを付けたい、ということだった。
ただ最後に突然抱き着かれたのはビックリしたが。
とりあえず帰宅した俺は、神戸家に電話をかけることにした。
たが俺は電話をかける決意をするのに30分、俺の親が寝るor風呂に入るのを待つこと30分、いざダイヤルを回してはちょっと待った、お母さんが出たらどう言う?お父様だったら?とか思って受話器を置くこと数十回と、なかなか最後まで踏み切ることが出来ない。
丁度その頃ヒットしていた、薬師丸ひろ子の「あなたを・もっと・知りたくて」が、ピッタリとハマるな~なんて。
結局、神戸家の電話番号を最後まで回し切ったのは、最初に決意してから1時間15分後だった。
その初電話は最初、神戸千賀子のお母様が出られ、俺は全身に汗をかきながら、はじめまして、緒方中吹奏楽部でご一緒させてもらっている千賀子さんいらっしゃいますか…と取り次いでもらい、初めて電話で話したが・・・
舞い上がってしまって、会話は覚えていない。
初デートは、彼女の塾の関係で駄目ということで、ガッカリしたのはハッキリ覚えているのだが。
結局初デートこぎつけに失敗した俺は、そのまま2学期に入ったものの、どう神戸千賀子と付き合っていいか分からないという壁に再び突き当たり、四苦八苦していた。
専ら神戸さんから話し掛けられるのを受けて会話するだけという、とても付き合っているとは言えない状態だ。
深く考えずにまた一緒に帰ろうよとか、日曜日にどっか行こうよって誘えばいいのに、
『一緒に帰るのは夏休みに断られたからもう駄目だ・・・』
『夏休み中でさえ一緒に遊びに行けなかったのに、2学期が始まったのにデートに誘える訳ないじゃん・・・』
と、全てにネガティブに考えるようになってしまったのだ。
俺が実況を担当する、関係改善の起爆剤的な体育祭があったのに、その後は家庭で母と進路を巡って対立したり、こっそり受けた模擬試験の成績が悪かったりで、とてもテンションが上がらなかった。
またどちらかというと、俺が部長になるのを冷ややかに見ていた一部の同期の女子から、スポーツ系の部活はもう引退して受験勉強しとるのに、なんで吹奏楽部は文化祭まで引退出来ないのか?なんで先生は今年に限って地域イベントの出張演奏を引き受けたり、吹奏楽まつり(秋のコンクールのようなものだ)に出ようとするのか等と、今更そんなこと俺に聞くな!という嫌がらせ的な問い詰めもあって、ますます元気が出なくなっていた。
色々と勝手に一人で悩んでいた俺のことを、仲直りしたのに…と彼女はイライラして見ていたのだろう、
ある日机に手紙 が入っていた。
《上井くん、元気ないよ。元気出して!悩みがあったら教えてね。》
嬉しかった反面、貴女とどう付き合えばいいか分からないのも原因だよ!・・・とは返事に書ける訳もなく、曖昧な返事を書いて彼女の机に入れておいた。
すると次の日、彼女からまた返事が・・・そして俺も返事を彼女の机に、といった具合に、交換日記みたいなことが始まった。その合間に少しでも会話することも出来て、
『あっ、これなら無理せず付き合える!』
と俺は喜んだが、中間テストの頃に一回直接話すことがあり、その後は交換手紙もいつの間にか終わってしまい、又も俺は付き合う術を失ってしまった。
周りに相談すればいいのに、何故か俺は恋愛について友人に相談することを恥ずかしがり、勝手にまた付き合う術がない…と、殻にこもるようになってしまった。
そしてお互いに話したいのに話せない日々が続いた後、部活後に俺を待ち伏せていた神戸千賀子と、1vs1で話をすることとなった。
『ああ、もう駄目だろうな・・・、今度こそフラれるんだろうな』
俺はフラれる覚悟で、神戸千賀子と向かい合った…。
<次回へ続く>
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