第3話 -両思い-

 神戸千賀子が机を俺の隣に移すという、大胆な行動をしたにも関わらず、オクテの俺はその件について尋ねることも出来ないまま、数日が経過した。


 そしてある日、理科室へ移動して受けていた理科の授業中に、些細なキッカケから、俺は隣の男子、松田の好きな子は誰?という話をしていた。するとそこへ


「ねえねえ、ところでそう言う上井くんの好きな女の子って、誰なの?」


 と、神戸千賀子がど真ん中直球な言葉を、俺に投げてきた。

 俺はその場では受けきれず、シドロモドロになってしまった…。


 もう終わった、諦めたとはいえ、まだ神戸千賀子のことは好きなままだったのが原因だ。


 最初は曖昧に誤魔化していたが、同じ班、同じクラス、同じ吹奏楽部ということもあり、神戸千賀子は結構粘り強く何度も俺に質問してくる。


 昼休み、掃除中、午後の5時間目と6時間目の間、放課後の部活中・・・。


 俺は片思いの相手がこれだけ執拗に、俺の好きな女の子は誰だと聞いてくるということは、脈ありなのか?と内心では思ったが、オクテな性格が災いし、その問い掛けを交わすだけで精一杯だった。


 そして部活後。


 俺は吹奏楽部の部長だったので、最後に音楽室の鍵を締める役割があった。

 だがその日の部活後は、いつもなら割と早く帰る筈の神戸千賀子が、俺が音楽室の鍵を締めるのを待っていた。


 遂に俺と神戸千賀子は、2人で向き合う状態、1vs1になったのだ。


「ねえ、上井くん。もう逃がさないよ。好きな女の子は・・・誰?」


 後から思えば、俺が神戸千賀子のことを好きなのは既に本人は分かっていて、林間学校の時の何かの出来事で、神戸千賀子も俺のことを好きになってくれたのだろう。


 だからこの日の理科の授業中、俺が松田の好きな子は誰?と聞いているのを見て、チャンス!と思って突っ込んできたのではないだろうか。


 ここまで来たなら両思い確実、素直に目の前にいる神戸千賀子が好きだと言えばいいのに、緊張して照れて言えない俺。


 神戸千賀子からの問いに対して必死に考えて口にした答えは、


「同じクラスで…同じ吹奏楽部の…」


 神戸千賀子は頷きながら、自分の名前を呼ばれるのを待っていた。俺は必死に続けた。


「同じ班の…出席番号3番の女の子!」


 俺はそう言うと、逃げるように音楽室のカギを職員室へ返しに行った。神戸千賀子は出席番号が33番だったので、番号で告白したのだ。


 だが俺は、恥ずかしさのあまりその場から逃げてしまったため、神戸千賀子からの答えを聞いていない。


 この時、俺の心中は


(遂に告白しちゃった、でもフラれたらどうしよう、明日どんな顔して登校すればいいんだ?)


 だった。


 だが翌朝を待つ前に、俺は告白の答えを知ることになる。


 男子の後輩と一緒に帰宅中に、交差点で信号を待っていると、不意に後ろから肩を叩かれた。

 誰?と振り向くと、神戸千賀子だった。


「あっ、神戸さん、あの、さっきは、あのね…」

 と俺がシドロモドロになっていたら、神戸千賀子は笑顔で

「私は2番の男の子。じゃあね!」

 と、青になった信号を先に行ってしまった。


 2番は、俺の出席番号だ。


 え⁉️今、2番って言ったよね?空耳じゃないよね?


 やった!初めて女の子と両思いになれた!彼女ができた!


 俺はその場で飛び上がりたいほど、嬉しかった。


 帰り道も神戸千賀子からの

『私は2番の男の子』

 という言葉を何度も反芻して、ニヤニヤしていた。


 初めて片思いが両想いに変わった、昭和60年7月、その後の経緯はどうあれ、俺は死ぬまで忘れない。


 だが…舞い上がった気持ちが堕ちていくのは、早かった。


<次回へ続く>

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