第1章 天国から地獄へ'85-中3-

第1話 -片思い-

 俺、上井純一は昭和60年の中学3年の時、同じクラスかつ同じ吹奏楽部だった女の子、神戸千賀子に片思いしていた。


 元々のキッカケは、昭和59年、俺が中学2年の2学期の、ある日の部活だった。。

 いつものように吹奏楽部の練習のために音楽室へ向かうと、一つ上の部長、北村先輩が苦笑いしながら逃げるように走り去るのとすれ違い、なんだ?と思いつつ音楽室に入ると、2年生の時は別のクラスだったクラリネットの神戸千賀子が、音楽室の床に体育座りして泣いていた。


 俺は突如そんな場面に遭遇し、どうしたら良いか分からず、とりあえず


「何かあったの?大丈夫?」


 と声を掛けたが、神戸千賀子は


「なんでもないよ、大丈夫だから」


 と震える声で話しつつも、その日はそのまま部活に出ずに帰ってしまった。


 困った俺は、その後に部活にやって来た神戸千賀子の親友で俺と同じクラスの山神恵子に事情を話し、夜に電話してもらえないかと頼んだ。


「ふーん…。そんなことがあったん?でもアタシは直接見とらんし、上井くんが電話すればええじゃん」


 などと言われたが、神戸家の電話番号なんて知らないし、それに異性の家に電話なんかとてもじゃないが出来ないと言い張り、電話してもらう約束を取り付けた。


「じゃあアタシが電話するけど、上井くんの名前も出すね?」


「うん、それは別に構わんけど」


「で、電話ではチカちゃんの様子を確認すればええんかな?」


「そ、そうじゃね。それと、明日は学校に来れそうかな、とか」


「うーん、ますますアタシが電話するより、上井くんが電話すればええのに、って思うけど」


「じゃけぇ、女子の家に電話なんて出来んってば。ここは親友の山神様にお願いします!この通り!」


 なんとか山神様を拝み倒して、その日の部活をこなした後に、一応俺が北村先輩の代わりに音楽室の鍵を閉め、顧問の竹吉先生に鍵を渡しに行った。だが一言今日あったことを伝えないと、と思い、どうも北村先輩と神戸さんの間でトラブル発生したみたいです、と伝えた。


「そっか。それで上井が部長代行してくれたんか」


「いや、そんな大層なことじゃないですよ。最後に鍵を閉めただけですから」


「まあそんな部員間のトラブルは、早く把握したいしのぉ。ありがとな、上井」


 後にその事件は、北村先輩が、神戸千賀子の天然パーマをからかったことが原因だと分かったのだが、俺は無性に北村先輩に怒りを覚えると同時に、神戸千賀子が気になる存在へと変わっていった。


 その時点では俺は、叶わぬ片思いを山神恵子にしていたが、神戸千賀子の存在が気になるようになってしまったのだ。

 叶わぬ片思い…それは山神恵子が既に北村先輩の彼女だということを聞いていたのが理由だった。だから山上恵子には俺の思いすら告げられるわけがない。告げたところでフラれるだけだし、それを北村先輩が知ったら激怒するだろうし。


 元々のキッカケは、俺が2年生に上がった時のクラス替えで、山神恵子と同じクラスになり、しかも俺が2年生になった段階で途中入部した吹奏楽部に、山神恵子も入っているということから、最初は色々と励ましてもらったり、一緒に音楽室へ向かったりしてくれたことだった。


 そんなことをされたらすぐ好きになるのが、中2男子14歳ってものである。


 だが他の女子から、北村先輩と山神さんは付き合ってるよーと聞いたため、手も足も出なくなってしまった、勝手に片思いし、勝手に自爆したというところだった。


(去年の初恋と同じだなぁ。俺が好きになる女の子って、既に彼氏持ちばっかりか)




 その後、11月の文化祭後に3年生が引退し、俺は途中入部の身ながら、唯一の男子ということもあってか、部長に抜擢された。


 中には快く思わなかった同期の女子もいたとは思う。

 だが顧問の竹吉先生が、俺が部長になったことに文句がある奴は、後で職員室へ来いと予防線を張ったため、何とか第一関門は潜り抜けた。


 その後、昭和60年の年賀状では、初めて女の子から年賀状をもらえた。その相手がなんと神戸千賀子だった。昭和60年が丑年ということで牛のイラストが描かれていて、表の宛先では同じ学年とは思えないほど綺麗な字で俺の住所、名前が書いてあった。


 そう言えば役員改選をしたことで、新たな部員名簿を作成したので、住所や電話番号も分かるようになったのだった。


 そんな手の込んだ年賀状をもらって、文面では部長さん頑張ってね、等と書かれたら、意識するなと言われても14歳の男子には無理だ。

 俺は吹奏楽部の練習に出る時は、山神恵子に対する未練を維持しつつも、神戸千賀子に会って話をするのも徐々に楽しみになっていた。


 そして3学期が終わり、中2から中3へと学年が上がった時、俺は卒業式で起きたある事件をキッカケに、僅かな未練を維持していた山神恵子に対する気持ちをスッキリ諦めた。


 逆に気になる…から好き…へと変わりつつあった神戸千賀子と、3年生になった時のクラス替えで、同じクラスになれたのだ。


「上井くん、これからは部活だけじゃなく、クラスメイトとしてもよろしくね!」


 3年生になって最初の日、先に神戸千賀子から声を掛けてくれた。もう完全に、俺の恋心に火が付いた。薄っすらとした片思いをどうしても両思いにしたいと、中3になった俺は色々と考えるようになった。


 毎日の授業や部活でなるべく話し掛けるようにし、何とかして告白したいと思っていたのだが、絶好のチャンスが到来した。


 俺の中学校では、夏休み前の1学期を締め括るビッグイベントとして、3年生による日帰り林間学校があった。


 その為に各クラスで6~7人の班を作る必要があり、6月末に新たな班を作ることとなった。


 まず班長は立候補制。早い者勝ちだ。


 俺のクラスでは6つの班を作らないといけなかったので、俺を含む6人が、ほぼ立候補で班長に選ばれた。俺は恥ずかしながら、立候補一番乗りだった。

 そしてまず班長を決めた日の放課後、班長会議をして、林間学校を見据えて自分の班に取りたいクラスメイトを順番に指名していく。


 班長はみんな男子だったので話しやすかったが、いざ自分が欲しいクラスメイトを指名する時が来たら、打って変わって震えるような声で


「神戸さん…」


 と一番に指名したのだが、この時点で他の男子にはもう意味が分かってしまう。


「そうなんか、頑張れよ!」


 と他の班長、特にクラスのリーダー格の谷村から激励されてしまった。


 そして日は過ぎ、少しずつ班別会議をしながら、林間学校の準備をしていく。

 前日の買い出しなどは、事前準備で一番楽しかった。


 女子の意見を元に、カレーライスを作るための材料をカゴに入れ、男子は荷物持ちをしながら、ワイワイと賑やかに買い物を進める中で、俺も神戸千賀子と会話をする時が一番楽しかった。


「上井くんは班長だから、買ったもの全部持っててね」


「えーっ、そんなの無理だって!」


「ウフッ、もう仕方ないな。少しだけ手伝ってあげる」


「…あ、ありがとう」


 明日の林間学校、絶対に告白するぞ!


<次回へ続く>

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