悪魔の選択

「里中さん、今日は何を飲む?」

「超炭酸シュワMAXでお願いします」

「超炭酸……これね。今日は珍しい物を飲むのね」

「いえ、それは是非先輩に飲んでいただきたいんです」

「え?」


 先輩が声を漏らすと同時に、ガシャコン、と自販機がその缶を吐き出した。


 超炭酸シュワMAX。

 私はこれを飲んだことはないが、名前からして炭酸が強いに違いない。

 『この炭酸、強すぎてもはやただの二酸化炭素』とかいう意味のわからない売り文句が書かれている。


 先輩は炭酸が苦手だと言っていた。

 こんな炭酸に振り切った飲み物は断りたいはずだ。


「里中さん? その、私の聞き間違いかしら。今、私にこれを飲んで欲しいって聞こえたのだけれど……」

「その通りです、先輩。私はそう言いました。先輩に、その手に持ってる炭酸飲料を飲んで欲しいんです」

「……前に言ったと思うのだけれど、私は炭酸って苦手で――」

「知ってます」

「……理由を訊いてもいいかしら?」

「……」


(理由、考えてなかった……)


 先輩が断りそうなことを考えはしたものの、そんな嫌がらせを正当化する言い訳までは思考が回っていなかった。


「……先輩、嫌なら断ってくれていいんですよ。それは私が飲みますから。こっちに渡してください」

「……」


 先輩は伸ばした私の手を見てから――


「っ……」


 まっすぐに私の目を見た。


「里中さんが飲んで欲しいと言うのなら、私は飲むわ」


 それは私が初めて先輩と知り合った時と同じ、全てを諦めたような暗い瞳。

 ここ数日は見せていなかった、罪悪感に苛まれている顔だった。


(作戦失敗……。まあ、予想はしてたけど)


 今回のお願いは今までのものとは違う。

 先輩が何かを負担をしているのは同じだが、私に利が一つも無い。


 つまりは、ただの嫌がらせだ。

 それは先輩も気付いているはずだ。

 気付いていたから、あの顔を見せたんだ。


「……それじゃあ、いくわ」


 先輩が断りそうなお願いを考えた時、最初に浮かんだのは第三者を巻き込むものだった。


 例えば、誰かの所持品を盗ませること。

 先輩は自分の所持品なら渡せてしまえるだろうが、他人の物を盗むことはさすがにできないだろう。


(そんなことはいくらなんでもできない……でも、万が一が怖かった)


 先輩には、自身が汚れることを望んでいる節があった。

 人の宿題を手伝うとか、校則を破ってお金を学校に持ち込むとか。


 だから、第三者を巻き込むお願いは選べなかった。


「んっ……!? んっくっ……けほっ、けほっ……」


 次に考えたのは、そもそも無理なお願いだ。


 例えば、私が何十万もするカバンを欲しいとねだる。

 しかし学生である先輩がそんなカバンを手に入れることは無理だ。

 先輩は私からのお願いを断るだろう。


(でも、それは先輩が選択したわけじゃない)


 重要なのは、先輩が私と何かを天秤にかけて、何かの方を選ぶことだ。

 実現不可能なのでは、先輩は私を選べなかっただけで、選ばなかったわけじゃない。


 だから、お願いは先輩でも実現可能である必要があった。


「はぁっ、はぁっ……んっ! ……んんっ! ひっ、ぃ、っつ……! かはっ……! ご、ごめんなさい……はしたなくて……」


 残されている選択肢は、先輩に精神的負担を強いるもの。

 要は、イジメだ。


(イジメたいわけじゃない……なんて言い訳は通らないんだろうな)


 結局は、私が私の為にやっていることだ。

 先輩が諦めているように私も諦めれば、こんなことを考える必要もない。


(炭酸、断ってほしかったなぁ……)


 これから、私は天秤に先輩と私を乗せ続ける。

 そして先輩が私を選ぶ度に、私は先輩への重しを増やし続けなければならない。


「っ……ぐすっ……ひんっ……んっ、んっ……! んんぅっ!」


 先輩は泣いている。

 それでも、途中で辞めたりはしない。

 多分、それが私からのお願いだから。


(……でも、たかが炭酸でしょ? いくら苦手でも泣くかな、普通……)


「……先輩、それ、私も一口飲んでみてもいいですか?」




 その後、私と先輩はふたりで泣きながら、がんばって悪魔の飲み物を完飲した。

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