だから、一生許されない
「先輩の腕、つねってもいいですか?」
放課後の帰り道。
公園のベンチに先輩を誘った私は、そう切り出した。
「……どうして?」
「断ってくれていいですよ」
「……どうぞ」
先輩は私に向かって右腕を差し出した。
最近まで野球をしていたはずなのにあまり日焼けをしていないのは、母親による手入れの賜物なのだろうか。
「それじゃあ、失礼します」
(失礼するくらいなら、最初からつねらなきゃいいのに)
そんなツッコミを入れてくれる人はここにはいなくて。
私は差し出された腕に人差し指と親指を添えた。
指先に触れる先輩の腕の感触。
運動部だったとはいえ女性だからか、それともまだ大人ではないからか、筋肉でがちがちというわけではない。
指で軽く押せば沈む柔らかさは、私と変わらない。
「……」
先輩は細身のため、腕の肉付きはつまめるほどではない。
私は指先で先輩の腕の皮を挟んだ。
(爪、切っておけばよかった)
爪を食い込ませないように注意を払いながら。
私はゆっくりと指をひねって、先輩の腕をつねった。
「……」
まだひねった角度は45度程度。
先輩は真顔で余裕そうだ。
「……っ」
90度に近づいたところで、先輩が吐息を漏らした。
「っ……つっ」
110度あたりで、先輩の口から苦悶の声が聞こえるようになってきた。
「あっ……んっ……ふっ……」
120度。
ここまでくると軽くつまんでいるだけではつねることができなくて、私の指先も力み始めた。
「いっ……くっ、あ、ぅ……!」
125度。
痛みに耐え、苦悶を漏らすまいとする先輩。
私を見つめるその瞳は、何を思っているのだろうか。
「痛いですか?」
「っ…………んっ、くっ……い、痛いわ」
迷った様子を見せてから、先輩は素直に痛いと答えた。
「止めて欲しいですか?」
「うっ……つっ、っ…………あっ」
「無言は肯定として捉えます。先輩は止めて欲しいんですね?」
「はぁっ……はぁっ……私は、里中さんが満足するまで続けて欲しいと思ってるわ」
「……私は、先輩の気持ちを聞いたんです。つねられて痛いんですよね。止めて欲しくないんですか?」
「……悪い気分じゃないわ」
それは、想定していた中で最悪の返答だった。
もしかしたら、先輩はこういうことを望んでいたのかもしれない。
傷つけてしまった私に傷つけて欲しいと思っていたのかもしれない。
「そうですか……」
もしも、相応の罰を受けるまで許されないと先輩が考えているのなら――
(……私がその右目を抉るまで、先輩は許されないつもりですか?)
「いたっ!」
「……私は満足しないですよ。先輩が止めて欲しいと言うまで」
「んっ……ふっ……それじゃあ、ずっとこのままね?」
(嬉しそうに言ってんじゃねえ……って感じ)
それからは、ただの独り善がりの我慢比べ。
痛みに耐え続ける先輩と。
先輩を傷つけ続ける私。
わかりきっていた結果だけれども、先に音を上げたのは私だった。
「はっ……はっ……もう、いいの?」
「はい……すみませんでした」
「どうして里中さんが謝るの?」
「……」
「……これ、跡が残るかしらね」
「……残らないといいですね」
「……そうね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます