先輩はどうしたら許されるんですか
「ねえ、里中さん。今日は何が飲みたい?」
何度もジュース代を払わせるのは先輩の懐事情だけでなく、私の胃へのダメージも大きいのだけれど。
それ以上に先輩が嬉しそうなので、私たちは毎日のようにジュースを飲みながら帰宅していた。
(これ、その内学校に通報されたりしないよね……。そんなんされたら、先輩に奢らせる一年生として認知されて、増々孤立しそうなんだけど……)
「ねえ、里中さん。良かったらコンビニに寄らない?」
そんなことまでされてしまうと、本当に私の身が持たない。
なんとか遠回しにそこまでしなくていいと伝えてみた。
「そう……ごめんなさい。迷惑だったわよね」
結局、毎週金曜日は下校時にコンビニに寄ることとなった。
(っていうか、先輩ってそんなお金持ってるの? 普通、毎日のジュース代だけでもキツいのに……)
「ねえ、里中さん。今日も宿題は一つだけでいいの?」
一度解説付きの書き取りを喜んでしまったせいで、先輩に宿題を頼んでも提出できないノートが返って来るばかりで。
それでも、私には先輩の期待を裏切るなんてことはできなくて。
今日も、私は教師の温情に甘えて宿題を忘れるのだった。
(そもそも、先輩だって宿題出されてるはずだよね……。受験生なんだし、人の宿題手伝ってる余裕あるのかな……)
「里中さん、ジュース美味しいかしら」
「里中さん、これ新発売のお菓子みたいよ」
「里中さん、ノートに次のページの解説も載せておいたから」
「ねえ、里中さん」
「里中さん、今日は何をすればいいかしら?」
「里中さん」
・
・
・
(ほんっと、勘弁して……)
先輩の贖罪は一向に終わる気配がない。
それどころか、ヒートアップしているようにしか思えない。
先輩経由で交友が広がる気配もないし。
むしろ先輩といっしょに居ることで周りは引いているようにも思えるし。
このままでは卒業するまで先輩に付き纏われるだけだ。
そろそろ、本気で終着点を考えなければならない。
(でも、私から拒絶するのはちょっとなー……)
私は先輩を疎ましく思っている。
しかし先輩を傷つけたくはない。
加害者である先輩は、被害者である私に尽くすことでかろうじて罪悪感から逃れている。
私が一方的に拒絶すれば、先輩は罪の意識に囚われてしまうだろう。
ベストなのは先輩が自身を許せるようになることだ。
誰も先輩を咎めていないのに、先輩が自身を非難しているから、先輩はいつまで経っても私への奉仕に縋っている。
では、どうすれば先輩は自分を許せるのか。
(私がとびっきりのお願いをしたって、あんまり意味はなさそうだよね)
例えば宿題やコンビニの買い食いなんて比にならないようなお願いを叶えてもらっても、先輩がそれで満足するかわからない。
むしろ、先輩からの要求がエスカレートしそうな怖さすらある。
(私も甘え上手ってタチじゃないしね)
そもそも私にコミュニケーションスキルがもっとあれば先輩と程よい関係を築けていけるのだろうが、今はこれは置いておこう。
とにかく先輩は真面目すぎるのだ。
どれだけ善行を積んでも、背負った咎を減らすことをしていない。
自分は一生罪を背負っていくべきとか思っていてもおかしくない。
(……だったら、背負った咎を無理やりにでも小さくした方がいいのかも)
先輩は私の右目を奪ったことを取り返しのつかないことだと思っている。
だから、先輩は真摯に誠実に私に尽くそうとしている。
(そもそも、先輩が代償を払う必要もないのに)
先輩は私を人として上等だと判断している。
先輩の人生を浪費して、野球を辞めるまでして尽くさないとならない価値が、私の右目にあったと思っている。
その認識を変えることができれば、先輩はきっとすぐにでも離れてくれる。
極論だけれども、人はアリを潰したって罪悪感を覚えたりはしない。
(そして、人はアリのお願いを聞いたりもしない)
先輩が私のお願いを断るように仕向けられれば、そこから何か変わる可能性はある。
(……なんか、ちょっと希望が見えてきたかも?)
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