放課後も先輩と

 朝のホームルームも。

 授業中も。

 休み時間も。

 給食の時間も。

 放課後のホームルームでも。


 私は誰とも話さなかった。

 誰かが私に話しかけることはなく。

 私もただぼんやりと窓の外を眺めるばかりだった。


(一応、話しかけてほしいオーラは出してるつもりなんだけどな……)


 このままでは私は話し方を忘れ、その代わりに気のコントロールを会得してしまいそうだ。


(そんなのありえないけど……でも、もしもできちゃったりしたら、それはそれで悪くはないかも……)


 そもそも、私が友達を欲しているのは周りの目を気にしてのことだ。

 人恋しさも無いわけではないが、それよりも周りにぼっちだと思われることが苦痛なのだ。


 したがって、気配を消せるようになれるのならこのままでもいいのかもしれない。

 誰にも気づかれなければ、誰にもぼっちだと思われることはなく。

 そうなれば後は自身の内から湧き出る寂しさだけをやり過ごせれば、むしろ私は一人で自由な、誰に気を遣うこともない学校生活を――


「あの、里中さん?」

「……え? あっ、はい!?」


 いつの間にか、私の目の前にはクラスメートが立っていた。


 確か、この女の子の名前は……。


「あっ……え、えと……」


(やばっ、名前ド忘れした……)


 ピンチだ。

 クラスメートの名前も言えないのでは、友達を作る以前の問題だ。


 しかしチャンスでもある。

 放課後にクラスメートに話しかけてもらえるなんて、頻繁に起こるようなイベントじゃない。


 何とか名前を聞き出して。

 それとなく交友を深めて。

 あわよくば先輩の代わりに登下校をしてもらえるように話の流れを……。


「っ、な、何か用?」

「教室の外に時田先輩が居るんだけど……」

「あっ……」


 その時、私は思い出した。

 この子の名前は田辺さん。

 女子野球部に所属している子だ。


「ひょっとして里中さんに用事があるんじゃないかなって思って……本人に聞いたわけじゃないから、もしかしたら違うかもしれないんだけど」


 振り返る田辺さんの視線を追いかけると、確かに教室の外には先輩がいた。


「……」


 先輩は私と目が合うと顔を伏せて、扉の死角に移動した。


「……もしかして、余計なお世話だった?」

「ううん、そんなことない。ありがとう、田辺さん」


 気づいてしまった以上、先輩を放置するわけにもいかない。


 私は手短に帰り支度を整え、一直線に先輩の元へ向かうことにした。




「ごめんなさい。急かしてしまったみたいね」

「いえ、そんな。こっちこそ待たせてしまってすみません」

「いいのよ。私が好きで待っているだけだから」


 先輩が良くても、私は年上を待たせているだけで心労がかかるのだ。


 それに、1年生の教室エリアに3年生が居るというのはとても目立つ。

 待ち合わせているのが事故の被害者と加害者となれば猶更だ。

 今だって衆目を集めて変に目立ってしまっていることは、先輩だって気付いているだろう。


「……?」


 気付いていないのかもしれない。

 先輩は私の抗議の視線を不思議そうな顔で受け止めている。


「……先輩、次からは校門で待ち合わせにしませんか? ちゃんと時間も決めて」

「でも、それだと里中さんに校門までカバンを持たせることになるわ」

「学校の中ならカバン持って歩くことに何の危険性もありません。とにかく、それで決定でお願いします」

「でも――」

「いいから! とにかく早く帰りましょう!」

「ちょ、ちょっと、そんなに急いだら危ないわ。せめて階段は私が前を――」

「手すりがあるから転びません!」


 カバンに伸びる先輩の手を躱しながら、私は早歩きで下駄箱へと向かうのだった。

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