元から友達なんていなかったし

 怪我をすればクラスで人気者になれると、誰もが一度は考えるのではなかろうか。


 足を骨折をすれば松葉杖の貸し出しをせがまれたり。

 ギブスに落書きをされたり。

 そんなフィクションの世界ではありきたりな、所謂お約束。


 普段は話さない人からも心配されて。

 怪我の経過を聞かれたり。

 大変だったねなんて同情されて、新しい交流が生まれる。


 きっとそういうものだと、私は教室に入るその瞬間までは思っていた。


「っ……」


 賑やかな雑談が繰り広げられ、廊下まで騒がしかった教室。

 しかし誰かが私を見つけた途端に沈黙が生まれ、連鎖し、気づけば私は衆人環視の下で入室をしていた。


「……お、おはようございまーす……」


 集まる視線へのいたたまれなさから口を出た、普段したこともない朝の挨拶が、誰に届くこともなく宙を漂って消えていく。


 みんなは私の右目が潰れてしまったことをもう知っているのだろう。

 どうやら、怪我も度が過ぎれば人を寄せ付けてはくれないようだ。


「……」


 誰に話しかけられることもなく、視線を受けながら自身の席へ歩いていく。


 家で支度をしていた時は眼帯をイジられたら恥ずかしいなんて考えていたのに、まさかイジられることすらないなんて。

 あの時のお気楽な自分を殴ってやりたい。


 ひそひそと話される会話は、その内容までは聞き取れない。

 でも、推測はできる。

 そもそも、この教室で声を潜めなければならないような話題なんて、私に関することしかありえない。


「……」


 これは差別ではない。

 イジメでもない。

 ただ、みんなが私との距離の測り方に迷っているだけ。

 憐れみの末に腫れ物扱いされているだけで、そこに悪意はないことはわかっている。


「でも、ちょっとくらい、話しかけてくれたっていいじゃん……」


 それでも心が痛まないと言えば嘘になる。


 きっと、この扱いは私がこの学校に居る限りずっと続く。

 だって私の右目はもう二度と元には戻らないから。


 希望的観測を言えば、時間が経てば少しずつ皆との距離を近づけられるとは思う。

 人間は慣れる生き物だから。

 みんなも私に少しずつ慣れてきて、いつかは普通に接してくれる日が来てくれるはずだ。


 でも、それには私から歩み寄ることがきっと不可欠だ。

 入学から一か月経ってもいっしょに帰る友達も作れなかった私が、この雰囲気の中で歩み寄る必要があるのだ。


「はぁ……」


 溜息の理由を聞いてくれるクラスメイトなんていない。

 みんな見て見ぬ振りか、小声で私の話をするか。

 とにかく不干渉を貫いている。


 結局は、私は先輩と仲良くするしかないのかもしれない。

 私は先輩にとっての罪の象徴で。

 私が何も言わなくても、この右目が勝手に先輩を責め立ててしまうとしても。

 それでも、私にとっては先輩が唯一の友達候補だ。


「せめて、もう少し気楽に付き合えたら……もっと肩の力を抜いてくれたら……あの人には無理か」


 きっと、これからはこういった独り言がどんどんと増えてしまうのだろう。

 それを思うと自然と深い溜息が口から出て言って、空気中に霧散していくのだった。

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