ドラコニウスの弦楽器 前編

 とある兄弟のお話です。

 兄弟は裕福な家に生まれた双子でした。

 町のヒトビトは、意地悪でした。


───期待に応えないとがっかりされる。

───期待に応えないとムチで打たれる。

───期待に応えないと眠らせてもらえない。


 兄は、普通なら死んでしまうほど厳しい教育を受けました。兄はみんなにいじめられました。

 弟はずっと物置の片隅に座っていました。いてもいなくても変わらないから憐れまれて、みんなに優しくされました。二人の味方は、お互いだけでした。


 兄は教わったことを丁寧に、分かりやすく弟に教えました。


「教えるほど知識が身に付いたか、確かめています」


 言い募り、説得し、弟がいつか逃げるためにと教えました。覚えることは増えたけれど、兄は効率よく進めることに長けていたので、弟が助けてくれるので、生きていました。


 弟は見向きもされないことを利用して、度々外へと出かけました。


「ようせいの国が見えたんだ!」


 空想好きでおかしな子どものふりをして、薬草や食べ物を持ってきました。兄に教えられたことやこっそり見聞きした知識を利用して、ぐっすり眠れる香りや栄養のあるご飯を用意しました。いつか、一緒に逃げるためにと用意しました。


 ある時、欲深な男が言いました。


「よく言うことを聞く人形が欲しい。右も左も分からない方がいい」


 噂好きの女が呟きました。


「坊ちゃまは何でもできすぎて、恐ろしいわ。まるで人ではないかのよう」


 おめでとう。

 おめでとう。

 兄弟は『求めるもの』を手に入れました。


 雨降る夜に追い出され、兄は崖へと真っ逆さま。

 愛を求めた弟は、誰もが注目する子になりました。


「何にでも秀でることは悪いこと」

「少しの隙を見せなさい」


 弟は求められる姿を、『万年の二番手』を、演じます。

 そうしながら少しずつ、気が付かれないようゆっくりと、追い詰めるようにヂリヂリと弟は計画を進めました。家の、町の、自分たちに求めたヒトビトの首を真綿で絞める計画です。

 頭にずっと、崖から落ちていく兄の涙が残っていました。雷に照らされた暗い淵が残っていました。とても許せませんでした。

 一瞬、信じ切れなかった自分のことが、何より許せませんでした。


「天国へはいけません」


 手を握り、天を仰ぎ、涙ながらに。


「天の国はいりません。地の底が僕には似合いです」


 血を吐くように、泥を出すように、弟は笑います。


「だから、兄さんだけは助けてください」


 おめでとう。

 おめでとう。

 弟の祈りは世界に通じました。


 兄は、薬草使いに拾われて無事でした。ひどく高い熱を出して、記憶を失くしはしましたが、命はありました。折れた手足も破れた皮膚や筋肉も、薬草使いが治してくれました。

 薬草使いは知り得る知識を、兄に授けてくれました。寝る間も惜しんで勉強しようとする兄の目蓋に、眠りのヴェールを被せました。温かい飲み物を渡しました。兄は少しずつ、無理をしない生き方を身につけました。

 そろそろ別な国へ動く頃、老齢になった薬草使いは言いました。


「お前はとても賢い」

「きっと大図書館へも行けるだろう」


 兄はお辞儀をして、大図書館へ行きました。入学も、兄にとってはそう難しいことではありませんでした。けれど、兄はずっと、何か足りないような申し訳ないような気持ちで生きていました。

 そろそろ卒業する頃になって、兄は館長に言われました。


「貴方が助けないといけない人がいる。貴方でなければ、止められない人がいる」

「ただし、やるべきことを行ったなら貴方は命を失うでしょう」


 兄は頷いて、大図書館の外部調査員になりました。あらゆる世界、あらゆる時代を渡り歩きました。彼はやがて、来た道と行く道を知りました。弟が何になるのかを知りました。


「何もしないのは、肌に合わないんだ」


 兄はあらゆる浄化の術を手に入れました。


「わかってるよ。ヨムレイヤは大きな罪を犯した。許されることじゃないし、許されたいなんて本人も思ってないだろう」


 癒しの術を勉強しました。


「でも、オレは兄貴だ。弟がこんなことする元になった者だ。なら、責任はとる」


 アレクシウス・ドラコニウスは、とある領の跡に辿り着きました。


「世界を少しでも救わせる。奪った分、絶対許されなくても役に立ってもらう」


 何年も昔、ある若者に滅ぼされた村でした。ある若者に、内部から食い破られた村でした。


「オレは、コイツの味方をする」


 兄は優しく笑います。


「遅くなったな。迎えに来た」


 声はひどく震えました。

 弟は、とてもひどい状態で縛られていました。命を長らえたのは、慈悲ではなく怒りだと分かるあり様でした。土と血で真っ黒になった壁の前には、延命道具がたくさん散らばっていました。

 ピシャピシャ音を立てる地面にしゃがみ、アレクシウスヨムレイヤの頬を撫でました。

 自分を投げうって復讐に生きた弟を、少しずつ治療しました。渦を巻く害意を浄化しました。弟を戒める鎖を切りました。


「怒ってくれて、ありがとう」


 弟は、静かに目を閉じました。

 ちゃんと治療されて、兄を見つけたと安心して、目を閉じました。兄は弟を連れて、遠く離れた国に移りました。『ハピーメロウ』と後に呼ばれる国は、これからどんどん平和になる国でした。当時の名前は、アトワルデ王国。

 『ソフィア・ベルのヴァイオリン』を作る国でした。

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