ハピーメロウ以前
隔離ナンバー
Z ドラコニウスの弦楽器 プロローグ
これは、
*
炎が燃え盛っています。
後ろ手に弟と縛られて、炎の中供物たちの怒りと嘆きの真ん中に「化け物」と呼ばれた青年は座っていました。
白い毛の虎が、黒い檻に何度も体当たりをします。滴る血潮はジュワと嫌な臭いを残して蒸発し、その傍らで小鳥が黒く焦げていました。黒い檻の底は、真っ赤です。
「ヨムレイヤ、歌をうたってもいいか? お前好きだったろ」
飴色の髪の青年の声は、場違いに穏やかでした。
彼はなんでもできました。万能で、天才で、鬼才でした。料理を作れば皆が涙し、もう一度食べたいと言いました。楽器を奏でれば皆が手を叩き、素晴らしいと叫びました。どんなみすぼらしい服でも派手すぎる服でも着こなせましたし、農具で熊を仕留めたこともありました。暮らしを便利にする道具を、いくつも作りました。
彼はなんでもできすぎたのです。
誰も彼もが、彼を讃えながらヒソヒソと噂を囁きました。
秘密の一つが暴かれた時、『にくしみ』と『ねたみ』と『おそれ』は彼を食いつぶすほど大きくなっていました。
誰一人として、知りません。
切り傷だらけの指も、太陽が昇る前から走る姿も、擦り切れるような身体管理も、苛烈極まる訓練も、彼がどれほど贖罪を願って身を削ったのか、誰一人として知りません。
誰にも何も知られないまま、彼は子守唄を呟きました。
炎の中から聞こえるには、あまりに美しい唄でした。熱で割れた瓶と、血糊の中でかすかに残った絹糸が、キラキラと光を蒔きました。
けれどやがて、炎の音に唄は飲みこまれていきました。
黒ずんだ檻と鎖とは、もう一度もう一度と焼かれて、灰だけ大地に撒かれました。
その日から、ハメルン周辺の土地という土地に、大きな災いが訪れました。
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