poem10 幻視と幻聴とアウトくん

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“ ゲイのアウトくんの

病みがち連続ポエムシリーズ。

大震災が訪れる前の日本で過ごした学生時代は、いじめと自殺問題がいつもテレビのニュースになっていた。価値観が変わる少し前の話。オトナたちからは可哀想な視線を向けられた当時の子どもたち。学校は、刹那的でおしゃべりで露悪的で残酷な世界だった。闇になった気持ちは、闇の気持ちでないと救えないときもある。LGBTが日本語になる少し前の世界でセクシャリティに悩むためのポエムをキミに。lover、lover、lover ”


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 幻視や幻聴が見えたり聞こえたりすることに、共感ができる。正確には、彼らがやってくる、その少し前の状態を覚えている。僕が見る幻は、2種類だった。一つは、悪いことを囁く悪魔で、もう一つは、教室で膝を抱える少年だった。



 幻は、ステレオタイプなテンプレートでやってくるらしい。やつは、鋼の錬金術師のフラスコの中の小人にそっくりだった。もしくは、ルドンの絵の目でもいい。黒いもやのボールで、目や口がでてきて、耳元で嫌なことを囁いた。もちろん、妄想だと判断できる。でも、もやの黒さがどんどん増して、悪魔の声やかたちが明確になっていくことがあった。薬物中毒者の見るものは、こういうものなんだと素直に感心した。


 悪魔が最も明確に現れたことがあった。アウトくんは大阪の高校で、一年生の一学期に、ユニバーサルスタジオジャパンに行かないといけないことがあった。私立の雑な行事だと思った。


 今なら、欠席すればよかったと思う。アウトくんは、割り切れなかった。

 入学した時に心の中で決めた、誰も好きにならない、誰もえっちな目で見ない、決してバレないというルールは、友達がほしくて作ったルールでもあるはずだった。でも、すぐにわかったのは、人が怖くて怖くて仕方ないということだった。どうしようもなく、男の子を見てしまう自分が、嫌で、怖かった。距離をとる以外のことができなかった。体育が苦手で目立ってしまうことが、いやだった。日々、メンタルがボロボロになっていくアウトくんが、上手く振舞えるはずがなかった。何をしても気持ち悪いと思われると思った。人の視線が怖かった。誰よりも友達がほしかった。

 結局、アウトくんは、なにも割り切れていなかった。だから、欠席もしなかった。


 自分のことで精一杯のうちに、気が付いたら、教室で1人になっていたのが、アウトくんだ。教室よりずっと広いくて楽しい場所に行ったら、教室よりずっと早く1人になる。悪魔の声が、いつもより簡単に、聞こえはじめていた。


 遊園地に1人でいるというのは、結構、ツラいもので、すぐに泣きたくなった。でも、アウトくんは、割り切れないから、すこしだけ散歩をしたら、帰ろうと思った。友達がいなさそうな男の子というのは、同じクラスにもいる。ただ、その子が別のクラスの男の子と遊んでるのを見たとき、やっぱりふつうの男の子なんだと思ったら、心がポッキリと大きく折れた。


 いつのまにか、男の子を、同性愛をする男の子かどうかでしか、判断できてない自分が、この世界の異物なんだと思った。昔は、家族でよく来た遊園地も、同性愛者になったら、もう来れなくなる場所なんだと思った。ツラくて、ツラくて、辛かったけど、ダメで、悲しくて、悪者で、でも、やっぱり、悔しかった。

 どうしたらいいのかわからなくなった先で、人気ひとけの少ないドリンクスタンドでジュース買ったのを覚えている。団体客の高校生が1人で来てるのに、仮面ライダー俳優みたいにイケメンな店員さんは笑顔で渡してくれたのが、嬉しかった。でも、アウトくんは、どうしようもなく男の子が好きだった。どうしようもなく男の人が好きだから、そんなことで、嬉しくなってしまう自分が、嫌で、嫌で、仕方がなかった。


 遊園地で1人になったときから、ずっと声が聞こえていた。「オマエは、友達がいないんだ」「男を好きになるなよ、気持ち悪い」「気持ち悪いから、嫌われるんだ」「オマエは、一生、友達ができない」繰り返される。パークの出口に向かうにつれて、耳元に、黒い靄と、ギラリと光る目と口が明確に見えた。遊園地で友達ができないんだったら、友達は一生できない。アウトくんは、そう思った。ふつうのみんなは、きっと、夕方とか夜まで遊ぶんだと思う。真っ昼間の青空が嫌になった。声はどんどん大きくなった。「オマエは、友達がいないんだ」「男を好きになるなよ、気持ち悪い」「気持ち悪いから、嫌われるんだ」「オマエは、一生、友達ができない」繰り返された。アウトくんは、死にたいと思った。やっと、パークから出ると、声が少しだけ落ち着いたのがわかった。そのあと、家に帰るまでがものすごく長く感じた。今日も、夜、泣くんだと思って、その日は、怖くて眠れなかった。



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 幻は、ステレオタイプなテンプレートでやってくるらしかった。教室で膝を抱える少年は、本当にステレオタイプだなと思った。人のいないアニメみたいな教室の隅に、うずくまって、丸まって、膝を抱えて怯える少年のイメージ。僕だと思った。たまにしか見えなかったから、いつから見えるようになったのかは、検討もつかない。思い出すには、そもそもステレオタイプすぎた。


 この幻は、悪いことも、良いこともしない。でも、むりやり客観視させられて、少年が今よりも少しだけ幼い風だから、昔よりも今のほうが、良いんじゃないかと思うと、心が落ち着いた。


 少年を明確に意識するようになったのは、意外にも、大学生になってからだった。昔は、教室の隅で、膝を抱えていた少年も、両脚で立って、すこしだけ教室の中央に近づいているようになっていた。

 どちらかがわからなかった。少年は、救わられたと思って、出てきたのかだろうか。それとも、過去の自分を忘れないように、いつかの自分を救ってほしくて、出てきたのだろうか。後者な気がした。少年は、中学生の僕かもしれないし、高校生の僕かもしれなかった。僕は、その少年を心の中で飼うようになった。今では、たまに、教室の机に座るのは、どうかと思う。けど、アウトくんは、ふとした時にやってくる。


いつかの僕を救ってくれますか?

いつかの僕を忘れずにいてくれますか?

僕は君を救えていますか?

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