poem9 屈折した子に会いたかったアウトくん

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“ ゲイのアウトくんの

病みがち連続ポエムシリーズ。

大震災が訪れる前の日本で過ごした学生時代は、いじめと自殺問題がいつもテレビのニュースになっていた。価値観が変わる少し前の話。オトナたちからは可哀想な視線を向けられた当時の子どもたち。学校は、刹那的でおしゃべりで露悪的で残酷な世界だった。闇になった気持ちは、闇の気持ちでないと救えないときもある。LGBTが日本語になる少し前の世界でセクシャリティに悩むためのポエムをキミに。lover、lover、lover ”


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 美大に入って驚いたのは、心が屈折した子があまりいなかったことだった。


 白い紙の中だけが自由だったアウトくんにとって、絵なんて心が病んだ人が描けるものだと思っていた。心に屈折がある人からは、自分と同じように、心に屈折のある人や、それがどれくらいの屈折かがなんとなくわかる。すこし人の反応を伺ってしまえば、その判断は容易で、目についた同級生のメンタルを、ひと通りチェックし終わったとき、アウトくんの心はたくさん歪んでいるみたいだった。


 アウトくんには、人の歪みが、ハリガネの植物みたいに見えた。種を植えて、芽が出た子葉が、まっすぐ育てば、ふつうの人。途中で、クネクネと曲がってしまったのが、闇のある人だった。まっすぐに育った、たくさんの芽を見たとき、アウトくんは、居心地が悪くなった。


 そんなとき、ゲイの先輩がいるという噂があった。アウトくんは、心の屈折を見せ合いたかった。グチャグチャになった植物を見せて、「僕たち、おんなじかたちのグチャグチャだね」って、言い合いたかった。グチャグチャのかたちを、重ね合わせたかった。アウトくんのグチャグチャを許してほしかった。アウトくんのグチャグチャを笑い合いたかった。孤独な一人の世界を終わらせてほしかった。


 そんなことはできないと知ったのは、彼と付き合い始めて、しばらくしてからだった。彼は明るかった。彼の植物は、人並みにまっすぐと育っていた。絶望した。アウトくんのSM傾向を、彼はただの性癖だと思った。アウトくんの極端さを、彼は不誠実だと思った。アウトくんの孤独な涙を、彼は友達がいなくて泣いていると思った。理解者に会えないことがわかって、泣いているのだった。彼は理解者にはならなかったけれど、全く落ち着かないアウトくんの極端な荒波が、彼を好きになることで、安定をはかろうとすることが何度かあった。しかし、それは、彼と会えるかなんて、関係のない現象だった。波がただやってきて、過ぎ去っていった。

 いちばん大きな荒波が、アウトくんを飲み込んで、彼を大好きになったとき、アウトの心はまた壊れてしまった。彼には、会ってなかった。会わないうちにやってきた大波が、会わないうちに過ぎ去った。たくさん泣いたり、目をこすったのだと思う。朝になって、赤く腫れ上がった顔を見て、家族はアウトくんをあわてて入院させた。顔じゅうにできものが出来ていた。夏休みだった。


 ゲイの人だからといって、同じ悩みを共有できるわけじゃないという事実と精神崩壊は、ショック大きかった。その後、アウトくんが、何人に会っても、別のアウトくんや、あの日のアウトくんに会うこともなかった。まじめに探していなかったのかもしれない。でも、一度きりのようなことを繰り返して、時間だけが経ってしまったのを見るうちに、まじめに探す意味もないのだと、あたりまえの事が少しは思いつくようになった。ずっと納得できなかったことが、理解できるようになって、落ち着けるようになっていった。

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