poem8 夢だとわからなかったアウトくん

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“ ゲイのアウトくんの

病みがち連続ポエムシリーズ。

大震災が訪れる前の日本で過ごした学生時代は、いじめと自殺問題がいつもテレビのニュースになっていた。価値観が変わる少し前の話。オトナたちからは可哀想な視線を向けられた当時の子どもたち。学校は、刹那的でおしゃべりで露悪的で残酷な世界だった。闇になった気持ちは、闇の気持ちでないと救えないときもある。LGBTが日本語になる少し前の世界でセクシャリティに悩むためのポエムをキミに。lover、lover、lover ”


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 アウトくんが、夢を見ていたことに気が付いたのは、大学に入ってしばらくしてからだった。ずっと長い夢を見ていたのに、それが夢だと理解していなかった、みたいだった。



 黄色いバスに乗って、嵐に会いに行くという夢だった。夢で会いにいくと、嵐はいつも、アウトくんを覚えていてくれて、優しくしてくれる。

 一体、いつから、見ているのだろう。中学生か高校生のときだろうか。とにかく、いつからか、ずっと、この夢を見ているようだった。夢の続きを見ることができる。そんな話を、いつか、女の子からアウトくんが、聞いたとき、ウソだと思った。夢の続きなんて、見たことない。そんなことができるなら、羨ましい話だと思った。


 黄色いバスの嵐の夢。アウトくんは、ずっと夢の続きを見ていた。3年間だろうか、4年間だろうか、はたまた、5、6年見ていたのだろうか、考えても分からない。たまに、上映されるその夢を、アウトくんは、ずっと見ていた。でも、その何年間も、アウトくんは、それが夢だと自覚していていなかった。


 嵐に会ったことがあるという、自覚と認識。それが、いつも、心のどこかにあった。冷静に考えれば、そんなわけはないと、気が付く話のレベル。でも、アウトくんが、中学生や高校生のときに、それに気が付くことは一度もこなかった。


 だから、アウトくんが、大学生になってしばらく経ったとき、ふいに、心の奥から、「嵐に会ったことがある」という声が聞こえてきたときには、驚いた。そんなわけがなかった。

 そして、それが薬だったことに気が付いた。脳か心かが、自動的に作った夢と妄想。そのハリボテの自意識が、アウトくんの心の支えだった。


 黄色いバスに乗って、もう一度、嵐に会いたいと思った。会って、アウトくんの心のお礼を、夢の嵐に伝えようと思った。それができないことに気が付いたのは、何回か試みた後だった。夢の続きを見るという話は、夢だと自覚すれば、見れなくなってしまうみたいだった。


 アウトくんは、大切な人にお礼の言えない人生が、これからも続いていってしまいそうに思ったのを、考えて、やっぱり、考えないようにした。アウトくんなりに、恥ずかしくない人生を生きたいと思ったけれど、そしたら、甘えとぎこちなさが、やっぱりやってきてしまう。アウトくんは、歪みなく生きられる人はすごいなーと思った。人としての人生が、唐突に始まったように感じたのを、「君はこれからだ!」と言われているようで、「今から、みんなに追いつかなきゃいけないの?」って、思って、アウトくんは、恥ずかしくなった。大学生になって、アウトくんは、あたりまえを、生きなきゃいけなくなった。

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