日曜日AM6:00 BOTAN 32歳

 BOTANは果てるそぶりは見せるものの、求めには、いつまでも応じる。皮膚は、行為にも、急激な成長にも耐えるように強化されている。そんな二人が重なり合っていては、朝など来ない。

 カーテンを引いた薄暗い室内が、ほのかに明るくなっていく。外界に音がし始めている。午前6時。俺はBOTANに頬を寄せて少しだけカーテンを眺めた。時間を忘れたくとも日は登るし、BOTANは育つ。

 セクサロイドを買う週末はいつも、月曜日の休暇をもらってある。彼女が60歳になるまで見守っているためだ。放っておいて出勤する気にはなれないし、かといって日曜日のうちにアンプルを抜いてしまうことも、俺にはできない。

 彼の遺言が脳裏に響いている。

『生きているうちは生きろ』

 彼は『どんな生でも』とは言わなかった。俺のような、こんな生でも生きるに値するのかと問いたかったが、しゃべれなかったから幸か不幸か訊けなかった。訊けなくて良かったのだろうと今にしてみれば思う。答えは自分の中にしかない。

 BOTANの肌は、まだみずみずしい。紫外線や汚れた空気に身体を痛める前だからだろう。生後35時間しかたっていないセクサロイドの肌は、人間が持つ皮膚に比べれば奇跡的に美しい。もちろん俺の肌も通常の成人男性に比べれば綺麗なものだが、彼女らの刹那的な美には敵わない。

 もし死なない身体だったならば、この肌も来年には俺と同じぐらいに焼けて汚れて、手入れが必要になったことだろう。そうなったBOTANを見てみたかったものである。

 弾力。感触。産毛の一本一本に至るまで愛で、からみ合い、食らい尽くして行く。

 いつもは日曜日をずっと、そうして過ごす。徐々にたるんで行く彼女の肉質に哀愁を感じながら、斜陽の空に終演を感じながら身を離し、彼女の衣服を整えてやり、静かに、穏やかに夜を迎えて最期を過ごす。本を読んだり、テレビを観たり。彼女は最期の一息まで、そっと微笑み続ける。

 月曜日に即、業者に来てもらう。土曜の夜に延命を確認してすぐ、手配を入れるのだ。セクサロイド販売社の引き取り人がやって来ると、最初は緊張したものだった。この業者に、俺がROZEだとバレるのではと恐れたからだ。だが同時に、バレるなら、それも構わないと感じていた。だから手配したのだ。まったく見破られず、俺は普通の人間、彼の戸籍でしか見られなかったわけだが。

 今回も昨夜、業者に来るよう手配を入れた。ただし来るのは今日。まだBOTANの寿命が尽きてない日曜日だ。

 俺は、これを最後にしようと思っていた。セクサロイドを買って、自分と同じ“欠陥品”を探す人生ではむなしい。何かもっと、他に有意義な、俺だからこそのすべきこと、したいことがある気がしたのだ。

 俺がしたいことは、同種の者と共に生きること。

 その願いを叶える術は、ただ通販でセクサロイドを買うことではないのだと考えたのだ。

 AM10時。俺はもう一度BOTANと一緒に風呂へ入り、服を来て支度を整えた。レースとフリルの似合うギリギリの年だがBOTANは綺麗で、どこかふわふわしていて、彼女が20歳の時に買った服が、よく似合っていた。昨日のことが、遠い昔に思える。16年前のように。

 髪を肩で切り揃え化粧を施すと、BOTANだとは分からない。成人女性だ。

 そうして落ちついた頃、手配しておいた業者が来た。

 俺たちを回収しに。

 玄関を開けると、女性が立っていた。

「こんにちは。BOTANおよびROZE回収に伺いました」

 女性回収業者は、いつもの作業員風いでたちをしていなかった。ぱりっと着こなしたグレーのパンツスーツは、会社員とも違い、教職員か研究員かといった風だ。となると順当に考えれば、後者かな。

 何しろ、ここ数日に販売した履歴のないROZEに、回収依頼がかかったのだ。システムエラーか、ROZEの問題品かといった検討ぐらいはつけて、ここに来ていることだろう。

 そんな俺の表情に何を悟ったのか、おそらくは研究員だろうグレーの女性が頷いて見せたのだった。

「あなたがROZEね」

 俺も微笑んで頷いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る