PM6:00 レン23歳

 夕食の買い物をして二人で家路に着く。知らない者が見れば、俺たちは恋人同士に見えるだろうか。俺が望んだのは平凡な週末だ。情事じゃない。ただ誰かに一緒にいて欲しかった、そのためにBOTANを買うなんて金の無駄遣いだと批難されそうだが、俺にはBOTANが必要だったんだ。

 レンが。

 料理する機能は備わっていない。お手伝いロボットじゃないからな。簡単な惣菜を買いこんでみた。夕食といっても真似ごとだ。2人分買ったが、食べはしない。有機セクサロイドとはいえ消化機能は備えていない。

 だがテーブルに並べてフォークを持たせているだけで、心が安らいだ。もう立派な成人女性になっちまったってのに、やることは幼児のままだ。きっとレンには本来の仕事ですらも子供の遊びみたいなもので、幼児の添い寝に近いのかも知れない。

 なんてことをも彼女の脳は認識していないだろうが。しているだろうか。表面に出ないだけで。

 狭いアパートの一角を高級レストランのように見立てて設置したローソクに明かりをつけ、テーブルクロスをかけ、ワインを開けてみる。グラスを傾けてみる。飲んでも身体が壊れることはない。栄養にならず素通りするだけだ。一応、部位は全般揃っている。機能していないだけで。

 時々思う。

 セクサロイドが話せないようにしてあるのは、予算や機能性の都合だけじゃなくて、余計な情を持たないようにするためじゃないか、と。声すら聞けない相手なら、2日ほどで捨てなければならない事実に胸を痛める度合いが減る。まったくゼロじゃないけど、言葉を交わして、心を通わせて親密になってしまうよりは、別れが辛くなくて済む。

 7時、24歳。8時、25歳。夜が更ける。会話はないがディナーの真似ごとは穏やかに、とどこおりなく過ぎる。

 呼び寄せて膝に座らせると、俺はレンの胸に顔をうずめた。花の香りがする。牡丹だ。タイプを表しているだけではない。体内に香水を内蔵してあるのだ。

 首筋に右手を、左手で腰をまさぐる。

 ちょうど女ざかりの、いい年齢だ。昼間ずっと描いていたのに、日が暮れてからは描く気がなくなってしまった。そういえば前のセクサロイドにしてもそうだったなと思いだして、苦笑が洩れた。初めは服を着せてみたり連れ出してみたりと楽しんでいたが、段々と目的の年齢が近づいてきたら手につかなくなる。

 今回もダメじゃないかと不安が襲う。まだ3体目だ。でも、もう3体目でもある。今度こそはと期待が沸く。彼は言ったものだった。俺は一体目だった、と。

 何も知らないレンが微笑む。笑顔という筋肉収縮のプラグラム。

 いいじゃないか。学習で構わない。相手が喜ぶと知って、喜ばせたくて微笑むのだ。立派に脳が働いている証拠じゃないか。

 普通の人間は20年かけて20歳になるのだ。ほんの20時間で憶えうることなど知れている。セクサロイドが無能であるのは、仕方がないことなのだ。まかり間違って20年も生き続けるセクサロイドにならない限りは。

 9時、レン26歳。

 俺は今年、27歳になる。

 ひとつ年下にする理由は、彼女を先に逝かせないためである。俺のエゴだとも言える。俺の方が生き延びていたいのだ、という意味にも取れる行動だ、俺より先に死ぬなよ、なんて。

 時計が9時を指す。

 俺は彼女のアンプルを抜いた。

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