最終話:君だけに抱く初めての感情
和希と桜が付き合って半年が経った。
「えー!半年も経つのにまだキスもしてないなんてあり得なくない!?」
聞こえてきたクラスメイトの声に、桜は苦笑いする。クラスメイトが話しているのは自分の話ではないが、桜もまだ彼とキスをしたことが無かった。
『他人に対して性的な欲求を抱いたことが無いんだ』
桜の脳裏に和希の言葉が蘇る。
(……確かに、ずっとこのままやったらうちは……満足出来へんな……カズくんはそれでええんやろうか。……ええからなんも言わんのやろうな……)
どうしても無理なら別れれば良い。そう簡単に言ったことを桜は早くも後悔していた。
「桜、なんか悩みあるでしょ」
「……ある」
「話してみやあ。この癒子さんが相談に乗ったるがね」
「……アセクシャルって、わかる?」
「アセク?うん。性欲無い人のことだよね」
「いや……性欲自体はあるらしいけど、他人とそういうことしたくないらしくて。……その……うちの友達の彼氏がそういう人らしいねん」
「友達の彼氏ね」
「そう。友達の彼氏。……好きやからこそ、この違いが辛いねん。……って、友達が」
「なるほどねぇ……その人は完全にアセクなの?」
「完全にってどういう意味?」
「デミセクシャルっていうのもあるんだよ。特別な相手だけには性的欲求を抱くって人。アセクだと思ってたけど恋人が出来てデミセクだって気付いたって人も結構居るらしくて。もちろん、全ての人がそうというわけじゃないんだけど。そういうパターンもあるよって話。ほんだで、まーちょっと様子見てみたら?まだ半年なんでしょ?」
「……もう半年や」
「……耐えられないくらい辛いならいっそのこと別れるしかないね」
「……やっぱそうなるよな」
「そればかりは仕方ないよ。どっちも悪くない。……まぁ、彼氏と話し合うしか無いわな」
「頑張る……」
「ん。がんばれー。……もし別れることになったらさ——」
「うちがもらってあげる」そう言いかけて、癒子はやめる。癒子は過去に桜に告白し、フラれている。もうとっくに吹っ切れていたが、流石に笑いづらい冗談だ。
「……ま、まぁ、せいぜい頑張りたまえ。応援しとるでさ」
「うん。おおきに」
それから数日後。桜は和希の部屋で、勇気を出してそのことを相談した。
「……そっか。やっぱり辛くなってきたか」
「……うん。でも、別れたくないねん。……無理やったら別れれば良いとか簡単に言うたのはウチの方やのに。……ごめん」
「ううん。別れたくないのは俺も同じだよ。桜のこと好きだから」
「知ってる。本気で好きやから、付き合う前に話してくれたんやろ。知っとるよ。……せやけど、こんな辛いとは思えへんかった」
和希の胸に顔を埋め、泣き出してしまう桜。和希はそっと彼女を抱きしめた。
「……あのさ、デミセクシャルって知ってる?」
「……特別な人だけには性的な欲求を抱く人やろ」
「そう。俺……アセクシャルじゃなくて、多分、そっちだと思う」
「……無理せんでええよ」
「いや、無理はしてないよ」
そう言って和希は桜の顔を上げさせた。そして顔を近づけ、軽く唇を重ねてすぐに離した。一瞬、桜は何をされたか理解出来ずに固まってしまった。
「……今のは、無理したわけじゃないから。したいと思ったからした。……俺もちょっと、驚いてる。したいって思える日が来るとは思ってなかったから」
「……」
「寂しい想いさせてごめんね」
「……」
「……桜?」
ようやくされたことを理解した桜はハッとし、和希を突き飛ばした。
「な、なんやねん急に!人のこと散々悩ませといて!あんなあっさり!!」
「ご、ごめん……嫌だった?」
「い……嫌なわけあるか!めちゃくちゃ嬉しいわボケ!この、ボケナス!」
近くにあった枕を和希に向かって投げつける。和希には桜が怒っている理由が分からなかったが、桜は別に怒っているわけではない。ただ単に混乱しているだけだった。それを察した和希は物を投げつけてくる桜の手を掴み、辞めさせた。
「ごめん。急にあんなことされたらびっくりするよね」
「そりゃするやろ……ボケ……したいと思えん言うとったやん……」
「……ごめん。俺もびっくりしてるんだ。キスしたいって思ったの、初めてで」
「……ほんまにしたいって思ったんかいな。……別れたくないから無理しとんとちゃうの」
「無理なんてしてないよ。桜だからしたいと思った」
「……ずるい」
「ははは……。お、な、なに?ちょっ……」
桜は無言で和希の身体を押しながらベッドの方へ向かう。ベッドに押し倒して馬乗りになり、戸惑う彼に身体を重ねた。
「……キスより先のことも、したいと思える?」
「……今のところ、したいとは思えない。けど、出来ないわけではないと思う」
「……そっか」
「……うん」
「無理はせんでええからね。うちも……今はこうしていられるだけで充分やし……どっちにしたってまだそこまでする勇気は無いし。ちょっとずつ、ちょっとずつ慣らしてって……その時になって、やっぱどうしても無理やーってなったら、また話し合お」
「……桜さ」
「何?」
「……なんか、イケメンだね」
「なんやねんそれ」
「ふふ。そういうとこ好き」
そう笑って、和希は上に乗る桜の頭を撫で、耳にキスした。桜は思わず「うみゃあっ!?」と可愛らしい悲鳴を上げた。
「もー!」
「あははっ!ごめんね」
「君と付き合えて幸せだよ」と、和希は桜を抱きしめて呟く。桜も彼の胸に顔を埋めて「うちも」と返す。二人の幸せそうな笑い声は、隣で勉強をしていた妹達の元にも届いていた。
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