第6話:和希の答え

「一緒に考えてほしいんだ」


「へ? 一緒に?」


 答えが出たから電話をかけてきたんじゃないのかと、桜は拍子抜けして苦笑いする。しかし、和希は真剣な声でこう続けた。


「俺ね、恋愛に興味を持てないんだ」


「えっと……はい……それは前に聞きました」


「うん。……えっとね……上手く言えないんだけど、冬島さんのことは好きなんだよ」


「……好き」


「うん。好き。君が楽しそうにしてると俺も楽しくなるし、可愛いなって思う。幸せになってほしいなって思うし、君の側に居たい」


「側に……居たい」


「うん。君といるとね、気が楽なんだ。一緒に居て楽しい。君が誰かと付き合って、俺から離れていくのは寂しい。側に居てほしい」


 次々と囁かれる愛の言葉に、桜の心音はどんどん加速していく。


「ちょ、ちょい待ち、待ちぃや……あの、そんな、一気に色々言わんといてください……先輩、照れとかないんですか……」


「あはは……ごめんね。それでね、冬島さん、もし付き合ったらさ、その……冬島さんは俺と……キスしたいとか思う?」


「キ——そ、そういうのは、まだ、その、気が早いんとちゃいます!?」


 急になにを言い出すんだこの人はと、桜は思った。しかし、和希は至って真剣だった。


「ごめんね。俺ね、君とそういうことしたいと思えないんだ。君だけじゃない。誰かと、そういうことしたいって思ったことがない。他人に対して性的な欲求を抱いたことが無いんだ」


「……えっと……」


「恋愛に興味を持てないっていうのはそういうこと。……俺はもしかしたらアセクシャルかも知れないから、先に言っておきたくて」


「アセクシャル?」


「他者に対して性的な欲求を抱かない人のこと」


「……つまり、性欲が無いってこと?」


「いや、性欲自体はあるよ。人としたいって思えないだけで。あ、ごめん。これセクハラになるかな」


「えっ。あ、いや……その、あの……」


「ごめんね。でも……どうしても話しておきたかったんだ。俺は君が好き。君が誰かと付き合うのは嫌で……俺の側にいて欲しくて……だけど、もし君が俺を求めても、俺はそれに応えられないかも知れなくて……君は、それでも俺と付き合いたいって言ってくれる?」


「……」


「……ちょっと重かったかな」


「いえ……大事なこと……ですもんね……大事なことやけど……ちょっと、真面目すぎやと思います」


「やっぱりそう思う?」


 和希はそれほど本気だった。しかし、本人はそのことを自覚していなかった。


「……先輩は、うちのこと好きなんですよね?」


「うん。好きだよ」


「付き合いたい?」


「うん」


「なら、それでええやん。……そういう話は、付き合ってからゆっくり話し合いましょ。ほんで……どうしても無理やなぁって思ったらお別れすればええやん。恋愛って、そんなもんじゃないですか?付き合ったら一生一緒に居らんとあかんわけやないやん。てか、付き合う前からそんな話されても……決められへんよ……」


「……ごめん。先に言っておきたかったんだ。前は流されて付き合っちゃって、それで……彼女からキスしたいって求められても応えられなくて、その子のこと傷つけてしまったから」


「前って……先輩、恋愛経験あったん?」


「あー……これも言わない方が良かった?」


「……別に。ええけど。先輩モテるし。恋人の一人や二人おるやろ。モテるし」


 そういいながら、桜は唇を尖らせる。和希はそんな桜の顔を想像して「妬いてる?」とくすくす笑う。


「う……そ、そんなことより、どうするんですか。付き合う? 付き合わん? うちは、付き合いたいです。……先輩モテるし。……取られたくない」


「……うん。じゃあ、付き合おうか」


「……うん。よろしくお願いします。……安藤——か、和希……先輩」


「よろしくね。桜」


「っ……」


 和希から下の名前で呼ばれた。それだけで、桜はベッドにうずくまり、悶える。


「……うぅ……急に呼び捨ては反則やろぉ……」


「ん? なに? どうしたの? 大丈夫?」


「な、なんでもあらへん!」


「そう?」


「うぅ……心臓が破裂しそう……」


「えっ。大丈夫?」


「……先輩は……ドキドキせぇへんの?」


「ドキドキ……うーん……あんまり?」


「むぅ……なんかそれずるい」


「あはは……そう言われましても。けど、君が好きなのは本当だよ。恋人になれて嬉しい。……本当に、嬉しい気持ちはあるんだ。でも、ちょっと寂しいな」


「俺もドキドキしたい」と、和希は切なげに呟く。それを聞いて桜はようやく、彼が恋愛に興味を持てないと言っていた意味を理解し始める。


「……先輩は、なんでうちのこと好きなの?」


「なんでって……うーん。改めて聞かれると難しいな……。うーん……あっ。……いや、これは恋人に言うのは失礼かな……」


「なに?」


「……娘みたいで可愛い」


「……それ、フる相手に言うセリフやん。てか、なんやねん娘って。せめて妹にしてよ」


「あはは……だよね。ごめんね。けどほんとに……うん……俺の君に対する想いと、君の俺に対する想いはきっと、ちょっと違うものだと思うんだ。それでも俺は……君が欲しかった」


「欲し——!?」


「ご、ごめん。なんかちょっと言葉選び間違えたかも。えっとね……君が誰かと付き合うところを想像してみて、嫌だなって思ったんだ。君の幸せそうな顔を、独り占めしたいなって。恋愛には興味ないけど、君に対する興味はあるんだ。何が好きなんだろうとか、今何してるのかなとか、だから……好きだよ。それは紛れもなく本当のこと」


「……嬉しいです」


 桜の口からつぶやかれた意外な言葉に、和希は驚く。


「嬉しい? 本当に?」


「嬉しくないわけないやん……好きな人にこんなに想ってもらえて……」


 抱き枕を抱きしめて「うちも好きです」と桜は呟く。


「初めて会った時からずっと。……好きです」


「初めてって……えっ?もしかして、去年の文化祭から?」


「……うん。……あっ。や、やけど、先輩を追いかけて蒼明を受験したわけや無いから!そこはたまたまやから!」


「あぁ、うん」


「最初は一目惚れやったけど……先輩を知るうちに、もっと好きになって……やから、今、すっごく嬉しいんや。告白、受け入れてくれてありがとう。ほんまはまだ言うつもりなかったんやけど……どうせいつかは言うし、それに……それ以上に……誤解される方が嫌やった」


「誤解?」


「うん。先輩がゲイじゃなくて良かったって言ったのが、差別的な意味に捉えられてしまうのが嫌で。……差別する人だって、思われたくなくて」


「あぁ……そうなんだ」


「……友達がレズビアンなんや。やから、彼女を傷つけた人達と同じになりたくなくて」


 桜は一つだけ小さな嘘を吐いた。本当は、彼女を傷付けたのは桜だ。小さな嘘が胸にちくりと刺さり、桜は胸を押さえた。


「……そっか。……俺の知り合いにも同性愛者の子が居るんだ。俺は彼女のことを知るまで、ずっと他人事だった。彼女のこと知らなかったら、君にゲイじゃなくて良かったって言われても何も引っ掛からなかったと思うし、ゲイじゃないかって噂されて傷ついてたと思う」


「……同性愛者の子って、女の子?」


「ん?うん。女の子だよ」


「……そっか。……普通におるんやね」


「そりゃ居るよ。居なかったらLGBTという言葉はできてないよ」


「先輩が言うてたアセクシャルってのもLGBTの一種なんですか?」


「うん。そうだね。LGBTのことは中学生の頃に習ってると思うけど、あくまでもあれはセクシャルマイノリティの代表でしか無いんだ。セクシャリティは人の数だけあるって言われてるくらいたくさんあって、ヘテロセクシャル——異性愛者も結局、その中の一つでしかないんだよ。ヘテロセクシャルは普通じゃなくて、ただ単に多数派なだけ」


「……なるほど」


「まぁ、今のは友達の受け売りだけどね。……っと、もうこんな時間だ。ふふ。君と話してると、時間の流れが早く感じるね。すぐにおじいちゃんになりそう。じゃあ、おやすみ。桜」


「お、おやすみなさい」


 通話を終了し、それぞれベッドに入る。

 眠れない桜とは対照的に、和希はすぐに眠りについた。

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