第11話 酔っぱらいと完全なる酔っぱらいの違い

 私たちはコペンハーゲンで飛行機を乗り換え、バルセロナに降り立った。トランジットの際に、ナオは私が叩き起こさなければならないほど熟睡していたが、バルセロナに到着してからは、また元の通り、元気溌剌で「サンタ・ルチア」の四回目を歌い始めた。私はそこで、サンタ・ルチアはイタリアの歌であり、君はそれをアンダルシア地方と混同しているのだと思う、と指摘したのだが、彼女は構わず四回目をフル・コーラスで歌い上げた。誰がそれを責められる? ハメを外した彼女の陽気さに祝福あれ。


 バルセロナに到着したのは夜の八時過ぎだったので、その日の私たちは宿泊するホテルに直行し、荷物を下ろした後、取材抜きで街へ出ることにした。ホテルの部屋はツイン・ルームだったが、ナオが特に気にしないようなので、私も特に気にしないことにした。

 意外に思われるかもしれないが、ロマンチスト同志はそのような事態に慣れている。というのも、ロマンチストは非常に中性的であるので(この場合、見た目は関係ない。その人が熊のような外見であろうと、プレイ・メイトのような外見であろうと同じ事だ)、異性から異性扱いを受けないことが多いのだ。たとえば、私は一度、八人の女性と三日間寝食を共にしたことがある。彼女たちは平気で私の目の前で着替え、化粧をし、いびきをかいて眠ったものだ。

 懐かしき我が日々よ。


 とにかく、その夜私たちは街へ出て、上機嫌でバルセロナの街を楽しんだ。ナオはその陽気さに合わせるようによく飲んでよく食べたが、それは無理もない。ハメを外した異国の地で、飲んで食べる以外の何をする必要がある?

 というわけで、その日は私もよく飲みよく食べた。エマも以前は大食漢だったから、もし彼女がそうすることができたなら、よく飲み、よく食べたことだろう。よく食べる女性は魅力的だ。

 ここで本日のメニュー。

 アーティチョークとハムのソテー、雄牛の尾の煮込み、玉子入りニンニクスープ、米のかわりにパスタを使ったパエリャ、デザートにカタルーニャ風カスタードクリームと牛乳のフライ、テーブルワインを赤二本と白一本。

 私とナオはこれを二人で平らげた。注文の際、ウェイターは「うちの料理は量が多いので、二人で、それも女性を含むハポネス二人では到底食べきれまい」という意味のことを婉曲に忠告したが、私たちがそれらを食べ、最後のデザートを要求するあたりで、ある種の賞賛の眼差しを私たちに送るようになった。食後のコーヒーの頃になると、わざわざシェフが厨房から、私たちに料理の感想を聞きにやって来たものだ。

 食事は楽しんで頂けたか? もちろん。

 料理はどうだったか? スープのニンニクが少しキツいが、その他は申し分なし。

 あなたがたは何かの取材でいらっしゃったのか? 今日は完全なプライベートだが、これなら是非うちの雑誌で取り上げたい。

 云々。

 シェフはスペイン語しか話さなかったので、ナオが言ったことは全て私がスペイン本国風のスペイン語で通訳した。シェフは雑誌のくだりでちょっとばかり反応を示し、良ければ店からのプレゼントとして、ワインを一本送りたいのだが、と申し出たが、ナオはそれを丁重に断って店を出た。

 その間中、エマはシェフの隣に立って、彼の額の生え際のあたりをじっと見ていた。彼女は人ならぬ能力によって、彼の黒々とした髪の毛が実はかつらであるという事実を見破ったらしかった。


 ホテルまでの道を三人で──と言っても人目には二人でということになるが──歩きながら、私はナオに言った。

「今日の君のことだから、ワインをもう一本空けるものだと思ってたよ」

「ワイン?」と彼女は言った。「ああ、あのプレゼントとか言ってたやつね。飲み足りなかった?」

「いや、そういうわけじゃない」と私は言った。

「じゃあいいじゃない。もしあれを私が空けていたら、私は完全なる酔っぱらいになっていたわ。それに、あれは賄賂よ」

「君はもう酔っぱらいに見えるし、こんな遠く離れた場所で、わけのわからないスペイン人のおやじから一本ワインをもらっても、誰も気づかないと思う」

「賄賂云々は私の気持ちの問題よ。それと、私は酔っぱらいであっても、まだ完全なる酔っぱらいではないわよ」

「酔っぱらいと完全なる酔っぱらいはどれほど違うものなんだろう?」

「それも好奇心で訊いてるのね」と言って、ナオはくすくす笑った。「完全なる酔っぱらいには、完全なる旅の連れと一緒のときにしかなれないのよ」

「今日はなれない?」と私は言った。

 彼女はアルコールで顔を火照らせながら、にっこり笑った。

「さあ、どうかしら。でも試してみましょう。その辺でワインでも買って、部屋で飲み直すのよ。上手くいけば、完全なる酔っぱらいをお目にかけてみせるわ」

「それで、完全なる酔っぱらいを相手に僕はどうすればいいんだろう」と私は言った。

「違うわ」と彼女は言った。「正確には、完全なる酔っぱらいたちは何をするべきなんだろう、というのよ」

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