第7話 カバディ、カバディ、カバディ
エマは自分の一時の行動に対して反旗を翻したわけだが、それもまた、女性の成長云々の証拠だ。私はいまだに彼女の成長に追いつけないでいる。しかしまあとにかく、成長を果たす前の彼女は、どちらかと言えば私の仲間に近かったかもしれない。ロマンチストたちは、拡大家族を一人失ったわけだ。
私たちは四年ほどの間、恋人関係を築いていたが、その間、私と彼女が真剣な物事を真剣な様子で話し合ったことはほとんどなかった。どちらかが少し真剣になると、必ずどちらかが茶化し始める。
いつだったか、私が奨学金の返済で困っていると、彼女はこう言った。
「カール大帝だって、そんなものは払ってなかったわよ」
またある時、彼女が新社会人特有の鬱にかかったときに、私はこう言った。
「プロのカバディ選手になりたいやつが、アーリー・ウープが出来ないからってへこむことはない」
この時から考えると、彼女は人生を三年ほど飛び級したようだ。
実を言うと、このような会話は、私たちにとっては──我々ロマンチスト同志にとっては、日常茶飯事である。何かを考えて現実に違いがないのであれば、我々はせめて誰かの気分を良くしてやるべきだ。次に何が起こるかは、現実のやつに任せておけば良い。
当時、私とエマは二人とも、この人間社会よりも人間自体を愛していた。そのうちに、私が何事に対しても真剣な態度をとらないことによって、エマはあまり気分が良くなくなり、そのせいで私もあまり気分が良くなくなった。そこで私は、二人の関係が続いた期間の中で、初めて真剣になった。
私がしたことは、私はエマとのこじれた関係を真剣に考えることだった。もちろん、それで私たちの間は泥沼になった。
思うに、ロマンチストの神髄は真剣な愛などではないのだろう。実はその要点は、のらりくらりとお互いを茶化しあう、愚鈍なまでの親切心にあるのだ。
ともあれ、それで私とエマは別れた。私は別れ際に彼女の気分を良くしようと、なにかジョークのようなことを口にしたかもしれない。とにかく、私が最後に見た彼女の表情は笑顔だった。それからは二年ほど音信不通の状態だったのだが、最初に書いたように、彼女は幽霊となっていきなり私の目の前に現れたわけだ。
今の彼女は好奇心の虜だ。赤ん坊のように、なんにでも興味を示す。彼女が良い気分なのは間違いない。これはブーブー。あれはワンワン。全ての瞬間が発見の喜びだ!
*
そこまで書いて思い出した。エマが私の原稿に初めて興味を示したのだ。
彼女が興味を示した箇所は、「プロのカバディ選手」の部分だった。この南アジア発祥のスポーツでは、攻撃側の選手は常に「カバディ」と言い続けなければならない。
私が「カバディ、カバディ、カバディ」と三度唱えると、彼女は無言でにっこり笑った。
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