第2話 芸術家気分

 ともあれ、私は彼女と二年ぶりの邂逅を果たしたわけだ。もちろん、私は彼女が幽霊であるとは全く気づいていなかった。自分の茹でたキャベツにそこまでの洞察力を求めるのは酷というものだ。

 私は彼女に「ちょっと待ってくれ」と言って、しょぼしょぼした両目をこすり、ベッドサイドのテーブルから眼鏡を取ってかけたが、その瞬間、午前九時半の陽光のせいで私の両目はまたしょぼしょぼした。私はベッドから抜け出すと、トイレで用を足し、そのままコーヒーを入れるためにキッチンへ向かった。

 その間、彼女はベッドの上の私の抜け殻をじっと見つめていた。私が作った毛布の塊は、彼女にピカソの「ゲルニカ」級の感動を与えたらしい。キッチンからでも彼女が驚嘆の眼差しでそれを見つめているのは観察できた。

 私は使用済みのコーヒー・フィルターをつまんで、手近なゴミ箱に投げ捨てた。どさり、と音がすると、彼女は興味深そうにゴミ箱を見つめた。今度はドラクロワの「民衆を導く自由」級のようだった。

 彼女がいると、私は自分が伝説級の芸術家になった気分だ。ブラボー。彼女の好奇心に祝福あれ!



 しかし、ここで言っておくと、私の仕事は芸術家とはほど遠い。私はつい最近まで、いくつかの大学で非常勤講師としてスペイン語を教えていた。つい最近まで、というのはつまり、今ではお払い箱という意味である。

 私は熱心な教師だったと思うが、どうやら学生たちにはそれが気に入らなかったらしい。最近気づいたのだが、それは無理もないことだった。彼らは大学の単位上、仕方なく私の授業を受けていたにすぎない。私がやろうとしていたことは、ちょっとハイキングを楽しもうとしている人間に対して、懇切丁寧にザイルやハーケンの使い方を説明するようなものだった。

 ここで教訓――熱心な取り組みはほとんどの場合、的外れなものだ。

 私はそれで少しばかりの虚無状態に陥った。自分でやっていたことが、造花に水をまくような作業だったと知ったら、大抵はそんなものではないだろうか?

 今の私は、失業中のロマンチストである。この肩書きの利点は、間違いなく世界中に自分の同志がいるということだ。この肩書きの欠点は、世界中の誰もがその同志であることを認めたがらない、ということである。

 私もその一人だ。なんといっても、ロマンチストであることを理由に私を袖にした本人が、私には取り憑いていることをお忘れなく!

 そういうわけで、私はこの肩書きをなんとか自分からひっぺがそうとしている。しかし、私は愚かにも、もっともロマンチックな方法でそれを実行しようとした。

 私は芸術家になろうとしている。その試みが今ここに書いている文章だ。


 今のところ、彼女はこの文章に全く興味を示さない。彼女は今、私の家のトイレを興味深そうに覗いている。そういうわけで、この文章の価値は、使用済みのコーヒー・フィルターやシャワー付きトイレよりも暴落中だ。まあ無理もない。私自身がコーヒーメーカーほどの価値があるかどうかもあやしいものだ。



 ところで、しばらくの間、私は自分の元恋人が幽霊であるとは全く考えていなかった。誰がそんなことを想像する? そんなことを想像する奴の脳みそは、茹でたキャベツとどっこいどっこいだ。


 私が彼女を幽霊だと認識したのは、私の実に人間的な欲求のおかげである。私はコーヒーを飲みながら、正座のままゴミ箱を見つめている彼女の膝小僧を眺めていた。彼女の膝小僧はツルリとして美しい。スカートの下で盛り上がった太ももは、ふっくりとして肉感的だ。

 ここで質問──それが幽霊であるかどうかを判断する、一番簡単で確実な方法は?

 私は間抜けにも彼女に欲情した。幽霊にも魅力的な脚があるのだ。

 私は彼女に近寄り、彼女の脚に触れるために右手を伸ばした。そこで私の右手が撫でたのは、そこら辺にいくらでも存在する、窒素と酸素とその他色々の気体の混合物だけだった。今や幽霊と判明した彼女は私に視線を向け、二度首を横に振った。

 私の茹でたキャベツは、私に悲鳴を上げろと命令した。私はそうした。

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