第3話
白石由香は高校からの付き合いで、彼女が友人と放課後の教室でボードゲームに興じている場面が出会いのきっかけだった。
由香は大人しそうな顔のわりに行動力がある。
放課後、皆で遊ぶために教師と交渉して文学部を立ち上げて活動場所を確保した時は驚いた。ゲーム三昧で遊ぶつもりが、しっかり文学部としての活動もしなければならなくなり、ちょっと大変ではあったが、それも良い思い出だ。
「いや、びっくりしたよ。見覚えのある人が歩いてるからさ。思わず止まって顔みたらやっぱり高菜ちゃんだったから」
「私は何が起きたのかと思ったよ……」
「ごめんね。恐かった?」
「ちょっとだけ」
由香の運転する軽自動車の助手席に座りながら、高菜は軽く笑みを浮かべて受け答えをする。ちょっと恐かったのは本当だが、怒ってはいない。むしろ、この意外な再会は喜ばしい。
「相変わらずだね高菜ちゃん。姿勢が良くて、遠くからでもしっかりしてるのが伝わってきたよ」
「そういう由香も相変わらずよ。見た目も変わらないし」
「い、一応眼鏡は新しいのにしてるんだよ!」
高校卒業と同時に髪を切った高菜に対して由香の見た目はあまり変わらない。自己申告のとおり、眼鏡が変わったくらいだ。ただ、外見以外の部分の変化を助手席での短い会話から高菜は感じ取っていた。
由香は現在、教師としてかつての母校に勤めている。噂に聞くだけでも大変そうな職業だ。彼女の内面に大人としての落ち着きと頼りがいのようなものが備わっているように感じられた。
「久しぶりのうどん、どうだった?」
「この味だって感じ。不思議とたまに食べたくなるのよね」
事情を知った由香は車に乗せて、うどん屋に連れて行ってくれた。
そのまま当然のように二人で昼食だ。久しぶりに行った店は観光客に知られていないらしく、地元の客でほどよく混んでいた。
店主の方は代替わりしていたが、味の方はほぼ変わらず。
コシと塩気の強い麺。味噌味のシンプルなスープ。上に乗ったキャベツと桜肉ときんぴらごぼう。お好みで入れる独特の薬味。肉うどん並盛り五百円。量と値段を兼ね備えた郷土食でお腹いっぱいである。
「当たり前のように助手席に乗っちゃったけど、良かったの?」
「平気だよ。コンビニにアイスを買いに行く途中だったから」
「急ぎの用があったらそっちを優先してね」
「友達との久しぶりの再会が最優先だよー」
由香とは大学時代に何度か会っていたが社会人になってからは疎遠になっていた。こうして会うのは四年ぶりだ。最初は久しぶりの会話に双方ぎこちなさがあったが、食事を共にしてからは昔の感覚に戻っている。
「じゃ、どこに行こうか。リクエストはある?」
「それが、あんまり考えずに来たのよね。ちょっと散歩するくらいの感覚で」
この町でうどんを食べるのは決めていたが、それ以外の計画は白紙の高菜である。
ちょっと懐かしい景色と空気に触れて東京に戻れば良いかなと、それくらいの考えだったのだ。
「高校を出てから十年。この町もちょっと変わって……まあ、観光客は増えたよね」
「そうね。おかげでバスの予約ができなかったし」
高菜が富士吉田市に向かうことを決めた際、当初は高速バスを利用するつもりだった。そうすれば、新宿から富士吉田市まで一直線だ。
しかし、バスの当日券を取ることが出来なかった。気前よく押し寄せるインバウンドの観光客のためである。聞いたところ、確実を期すなら一月前には予約した方がいいらしい。
「電車の旅も悪くなかったからいいよ。久しぶりに富士山が近づいてくる感覚があったから」
「そういう前向きなところも変わらないね。さて、どこかに観光に行くといっても、この辺りは大体富士山がらみになるわけなんだけど……」
「だいたい知ってるところなのよね。久しぶりだからそれはそれでいいんだけれど……」
「どこも混んでるよ」
「どこも混んでそう」
最後の一言が同時になって、自然と笑い声が車中に響いた。昔、ボードゲームをやっている時に何度もこういうことがあった気がする。
「定番は忠霊塔とか浅間神社だけれど?」
忠霊塔というのは例の五重塔と桜と富士山の公園だ。時期によってはシャトルバスが出るほど混み合っている。桜の時期がすぎたとはいえ、梅雨時前の今も人は多い。
浅間神社は地元で最も大きい神社のことで、こちらも観光で人気の場所だ。
「定番以外の場所でおすすめは?」
質問に質問で返すと由香はハンドルをにぎりながら「うーん」と少し唸った。
「……いっそ、富士山の見えないところ、とか?」
「おすすめがあるの?」
「河口湖の方の道の駅でね、小さいけれど綺麗なところ。湖畔が見える芝生の公園でのんびりできるよ」
「のんびりね……」
今日は休暇で来ているわけで、ゆっくり過ごすのは高菜としても本意である。
しかし、せっかく再会した友人との時間の使い方がそれで良いのだろうか。
「ダイスで決めよう。偶数だったら富士山。奇数だったら富士山じゃない方」
バッグからダイスを取り出す。車の中でダイスを振るのは難しいかと思ったが、ダッシュボードの下に平らな空間があった。綺麗好きな上に由香は車中に小物を置く習慣がないのが助かった。
「出た。まだやってるんだ、ダイスロール」
「こういう時に便利なのよ」
そう言って高菜はダイスを振った。
「結果は?」
「奇数。富士山じゃない方で」
「了解」
心得たとばかりに、由香がハンドルを握る手に力を込めた。
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