第82話 絶叫!

 ……慌ててティッシュを鼻に詰めようとして、自分が宇宙服を着ている事を思い出した! ……ヘルメットを開放しなければ、鼻血を拭き取ることもティッシュを詰める事も出来ない。


 ……こんな時に、また俺の嫌なクセ……と言うか、嫌な性分が出てしまった。


『敵』とは言え、こんなに可愛いワンちゃんを短針銃で撃って粉々にするなんて出来ない……と思う自分と、此奴こいつを破壊しないと祐希ゆうきさんを救えない……と焦る自分がぶつかり合って、過大なストレスがかかったのだ。


かけるさん! あと数分で決断しないと敵に捕捉され、当機は破壊されます。 攻撃位置アタックポイントに移動しますか? 戦線離脱しますか?」


 くそっ! 答えは『攻撃』一択の筈なのに、身体が動かない!


 例え、失血死しても構わない! かける! 頼む! 動けっ! 動いてくれーっ!


 汗なのか、血なのか判らない物が、額から大量に流れ、目に入ってみた!


 ……気持ちばかりがくが……




 ……結局……




 ……指一本動かせなかった……。




 ……俺は、どうしようもないクズだ。 




 ……やっとの思いでここまで来て、あと一歩で、俺の世界一大切な女性ひとを救える筈だったのに、こんな事でつまづくなんて……。


 ……俺は、こんな自分を心の底から憎んだ……。 


 ……最早、俺に残された最後の手段は、肉体を失っても、この魂だけをこの世に遺し、祐希さんの『守護霊』となって彼女を護る事……だけだ……。



 その時、ゆうきちゃんの声が響いた。


「緊急! 緊急! ひと〇〇まるまるより入電! 繋ぎます!」


 ん? 浅利さんかな?


 俺……浅利さんに合せる顔がない……。


『法外さん……機関を代表して、礼を言いますよ……』


 ……!?


 浅利さんでは無い。 ……どこかで聴いた声だが……。


『我々の裏切り者……東矩とうがね祐希ゆうきを犬のエサにして下さるようですねぇ。 キシシシシッ』


 この忘れたくても忘れられない、耳に残る笑い声は!


    だ !



 ……『裏切り者』?


 裏切り者だと!? 祐希さんが?


 バカ言うな! 


 祐希さんは、てめぇらの情報を漏らしたく無いから鵺頭ぬえがしらさんに懇願して必死の思いで宇宙にまで逃避したんだぜ!?


 それに……犬の……エサ……?


 あの素晴らしい女性ひとを『犬のエサに』だと!


 ふ ざ け ん な !


 そんな事、この俺が許すはずがぇだろーが!


 ……かんっぜんにあったまきた! 


 俺の全身からほとばしる怒りが血や汗を蒸発させ、宇宙服内に高温の蒸気が充満した! 湯気で何も見えないが、そんなの関係ねぇ!


「ゆうき!」


「はい!」


「皆殺しだ! 端末の位置に誘導しろっ!」


「……お言葉ですが……駆さん……今、飛行端末を破壊するのは時期尚早です! 一斉攻撃されます! あと数分……」


「う る せ え !  四の五の言わずに動かせ!」


「はい!」



*****


 ……「猪狩さん……本当にありがとうございました」


「いえいえ、あっしの『能力』がお役に立てば何よりですよ、キシシシシッ!」


 特務機関『1〇〇』のエージェント『A.A』こと『浅利』は、エージェント『猪狩』の耳障りな笑い方に不快感を示しながらも、彼に深く感謝した。


 ……浅利は勝目かつめ博士と共に、『ペガサス』の挙動と、法外のバイタルをモニターしていたが『ペガサス』の不自然な静止と、法外の急激な血圧低下並びに筋肉の異常な硬直を検知した為、法外の弱点である『異常な利他』が発動した事を察し、膠着状態を解くべく、猪狩の能力を利用したのだ。


 『猪狩』……以前も紹介したが、法外が『イタチ』と呼んでいる男である。


 彼が『100 %人を怒らせる能力者』であるのは改めて言うまでもあるまい。


 ……先程も述べたが、あの温和な浅利をも不快にさせた程の実力者だ!

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