第53話 九十八!

「浅利さん、何を言い出すんだ!? 東矩さんは俺が救い出すって決めたんだ!」


『……法外ほうがいさんの気持ちは、充分過ぎる程判っている。 でも、このままでは、法外さんの命が危ないんだ!』


 ……浅利さんの話はこうだった。


 ……俺の父親の死因や、俺の出血は、俺たちが『能力』を使い過ぎたのが原因と思われていた。 しかし、ついさっき発見された『特務機関九十九つくも』のブラックボックスに隠されていた極秘文書を解読した結果、俺たちの神経を衰弱させ、父親の命を奪ったのは……『能力』すなわち『闘争本能』を抑圧した事による『過度のストレス』だったそうだ。


***************


 大正12年9月、大日本帝国陸軍歩兵第49連隊所属『法外ほうがい さぐる』大尉……俺の曽祖父……が、ソビエト社会主義共和国連邦に帝国軍の国防情報をリークした……との疑いをかけられ、拷問にかけられた。


 同時刻、大日本帝国海軍横須賀鎮守府、海軍監獄から『羽切はぎり 丑直うしなお』元兵長が脱獄を図るが発見され憲兵達に囲まれた。


 ……二人が追い詰められたその瞬間、彼らが居た場所を震源とする、マグニチュード8以上の巨大地震が発生し、死者・行方不明者105,385名を記録した。 ……世に言う『関東地震』……それに引き続いて発生した災い……『関東大震災』である。


 『関東地震』が、この二人の『能力者』の『念動力』が偶然同時に発動し、共鳴し合った事により大惨事になった……という事実は徹底的に隠蔽されたが、その能力を軍事利用すべく、帝国陸軍内に『肉弾・白兵戦研鑽部隊』……当時の部隊長『九十八くずは 創世そうせい』大佐の名を冠した『特務機関九十八くずは』が創設され、法外中佐や羽切曹長(二階級特進)らを含めた『能力者』と思(おぼ)しき兵士達を選抜し、研究を始めた。


 ……しかし『特務機関九十八』の部隊員は訓練中、相次いで死亡してしまった。……当初は、『能力』を使い過ぎた事が死因と思われていたが『大東亜戦争』中、能力を十二分に発揮した『九十八』の部隊員は戦略上多大な功績を残した上、心身共に良好だったのに対し、己に恐怖し『自制』してしまった部隊員は『過度のストレス』で死亡した事が判明したのだ、


『……さっきの『猪狩』さん……法外さんが『イタチ』と呼んでいる『100%人を怒らせる能力者』にさえ慈悲の心を持つ法外さんに、これ以上ストレスを与えたら、本当に死んでしまう! 鼻腔からの出血程度なら、まだ序の口だが、眼底出血や内耳からの出血が始まったら危険だ! もし君に何かあったら、オレは……いやは……悔やんでも悔やみきれない! 今なら……まだ間に合う! 頼む! もう止めてくれ!』


 ……浅利さんは、涙声で俺に訴えかけてくれた。


 ……俺は心を込めて、こう言った……「浅利さん、本当にありがとう。 全て終わったら、また飲みに行こう……」


『ザーッ』と言う雑音が一瞬聴こえ、静寂が訪れた。 ……浅利さん……悪いけど俺の骨導データだけ、完全に消させて貰ったよ。


 東矩さん……待たせてごめん。 もうすぐ行くからね。


 俺は、タクシーを拾い、ある場所に急いだ。

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