第13話(完)

 目を覚ますと、僕は独り、砂浜に横たわっていた。


 ゆっくりと身体を起こして、周囲を見回す。宇宙船も、月人たちも、そしてかぐやもどこにも見当たらない。あるのは、海と砂浜と青空だけ。いるのは、僕だけ。


 空を見上げると、月は変わらずそこにいた。けれどもう朝だから、その光が僕の目を眩ませることはない。それをぼんやりと見ていると、今までのすべてが夢のような気さえしてくる。けれど、夢じゃない。忘れない。


 立ち上がると、服についた砂がさらさらと音をたてて落ちていった。残った砂をぱんぱんっと叩いて落とす。


 そして、僕は歩き始めた。



 家に帰る列車に乗れるほどのお金が残っていなかった僕はヒッチハイクを重ね、丸一日かけて街に戻ってきた。僕がいなくなって大騒ぎになっているかと思いきや、どうやら僕がいなくなった夜に裏山に隕石が落ちたらしく、街はそれで大騒ぎで僕の行方不明なんて気にもとめていなかった。薄情な人たちだ。けれどよく考えればあの夜からまだ三日しか経っていないわけで、それに気づいて愕然とする。一日にも、一年にも感じられた、短く長い逃避行だった。


 そんなわけで、僕はあっという間に日常を取り戻した。


 三日ぶりに登校した教室は隕石が落ちたというセンセーショナルな話題に埋め尽くされていて、僕が三日ぶりに登校したことなんて誰も気づいていないようだった。教室の真ん中で隕石が落ちる瞬間の動画を撮っていたなんて声高にスマホを掲げる生徒や先ほどマスコミに取材されたんだと自慢げに笑う生徒もいて、僕はそんな彼らにそっとおはよう、と声をかけて、自分の席へと座った。


「おはよう、真青くん。風邪引いてたの? 大丈夫?」


 ・・・・・・一つ訂正しよう。僕が三日ぶりに登校したことに気づいてくれた心優しいクラスメイトが一人だけいた。隣の席の吉田さんだ。


「うん、ちょっとね」


 宇宙人と二人っきりの逃避行をしていたなんてとてもじゃないけど言えなくて、僕は言葉を濁す。そうすると吉田さんも深追いすることなく、話はすぐに別の話題に移った。


「ねえ、真青くんも見た?」


「なにを?」


「なにって、隕石だよ!」


「ああ、裏山に落ちたってやつ。残念だけど見てないなあ」


「そうなんだ。あのね、私その時ね、宇宙人に会ったの! 誰も信じてくれないんだけど、本当に本当なの! 会話だってしたんだから!」


 必死の形相で真青くんは信じてくれるよね、と言う吉田さんに僕はうんうんと頷いた。僕だって三日前までは宇宙人なんて信じていなかったけれど、今なら信じている。だって会って、喋って、一緒に旅したのだ。


「僕は信じるよ」


 そう言うと、吉田さんはぱあっと満面の笑みを浮かべた。


「やっぱり真青くんは優しいから信じてくれると思ってた」


 その夜の光景を思い出しているのだろう、すごかったんだよ、と目を輝かせながら身を乗り出してきた吉田さんに、思わず苦笑する。


「最初は気づかなかったの、私たち人間と同じような見た目をしてたから。でもね、金色の、月みたいな瞳が暗闇できらきら光ってて、あれ? って思って。もしかして宇宙人なんじゃないかって」


「・・・・・・へえ」


 僕ら人間とは同じような見た目、けれど暗闇できらりきらりと光る、月の瞳。それを持つ宇宙人を、僕は一人、知っていた。・・・・・・いやでも、偶然かもしれないし。


「そしたら宇宙人が突然話しかけてきたの! 海はどこにあるのって」


 偶然、かも、


「・・・・・・それで、なんて答えたの?」


「ここからだと電車に乗らないと行けませんよって言ったら、じゃあ電車はどこで乗れるのって聞かれて。駅の場所を教えてあげたんだ」


 ――絶対にかぐやじゃないか、それ。


 僕はがばっと吉田さんの両手を掴んだ。あの夜、駅のホームでかぐやと僕が出会った裏側に吉田さんがいたなんて。


「吉田さん、ありがとう!」


「え、え、なにが?」


 突然の僕の奇行に目を白黒させる吉田さんに、僕はもう一度「ありがとう」とお礼を言う。すべては彼女のおかげなのだと思うと感謝してもしきれなかった。

 そんな僕の勢いに気圧されて、吉田さんはきっと何が何だか分かっていないだろうに「うん、どういたしまして・・・・・・」と言う。


「真青くん、なんだか今日元気だね。何か良いことあったの?」


「あのね、将来の夢を見つけたんだ」


 そう言うと、吉田さんも良かったねえと笑う。


「どんな夢?」


「あのね、僕の、夢は――」


   ☾


 遠野真青、十八歳。


 高校三年生、九月。大学受験まで、あと半年。


 未来は眩い光に照らされて、きらりきらりと輝いている。

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ムーンライト @inori0906

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